電車の中の恋人

酒とタバコと電気ベースと料理とキャリア…まあいろいろ

管理する側もされる側もみんな出社することを望んでいる

全国的に緊急事態宣言が解除され、小中学校などの授業が再開されると同時に、多くの企業で出社が始まったようです。ツイッターには満員電車の画像があふれ、緊急事態宣言はいったい何だったのだろう…と呆れている人も多いでしょう。

都心に通勤するための満員電車の辛さは半端ではありません。換気が悪い狭い車両の中で前後左右の他人と密着します。ライブハウスでもクラブでもパチンコ屋でもここまで密着することはなく、3密の最も悪い例です。

日系企業でも成果主義を導入しようという動きが出てきていますが、この状況下にもかかわらず満員電車で通勤させている限り、成果主義の導入など夢のまた夢であり、働き方改革も絵に描いた餅になるでしょう。

成果だけを見るのであれば通勤などまったく意味がなく、オフィスだろうが自宅だろうが働く場所はどこだって構わないはずです。成果を出すまでの過程は考慮しないのですから、やり方など何だってよいわけです。

それでも出社させるのは、経営層や管理職が部下の正しく管理できないからです。常に自分たちの目の届くところに部下がいないと信用できない、目で見ながらでないと部下を管理できない、つまり管理職としての能力がないということです。ふだんからきちんと管理し、育てていれば、距離が離れていても何の問題もないはずです。

また、評価基準がないためでもあります。きちんとした評価基準があれば、部下の側はサボることなどありません。やったかやらなかったかは最終的な数字ですぐ分かるからです。評価基準が明確であれば、それを達成するためにどうすればよいのか、出社したほうがよいのか、基本的には在宅でもよいのか、部下の側は自分で考えて行動するはずです。

経営層や管理職が、部下が出社すること以外で評価できれば何の問題もないはずですが、それができないがために出社させているわけです。きょうの満員電車の画像を見て、日系企業の多くはまだ出社することを仕事の1つだと思っていることを痛感しました。

ただ、部下の側でもこれを楽だと思っている人も少なくありません。出社して上司の前で難しい顔をしていれば、成果が出ていなかったとしても、がんばっていると思ってもらえるからです。

高校入学時、制服で一律に管理されるのが耐えられないから、という理由で私服の高校を選んだ同級生がいました。しかし、毎日着る服を考えるのが大変で、何も考えなくて済む制服が羨ましいと会うたびに言っていたものです。

出社することはこれに通じる部分があると思います。出社するのは疲れますが、頭を使わない、売り上げを求められることもない、移動という行為だけで仕事をしたと(少しは)見てもらえるわけですから、これほど楽なことはありません。

結局のところ、管理する側もされる側もみんな出社することを望んでいるのでないかと思うわけです。自分で自分を律することはとても大変で、出社するほうがよっぽど楽かもしれません。少なくとも、私はそろそろ限界で、出社したいと思ってきています。

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そういえば、ようやくアベノマスクが届きました。不織布のマスクがあるのでいまは使わず、防災バッグに入れておきます。仮に地震でケガでもしたとき、ガーゼは貴重になりますから。