電車の中の恋人

酒とタバコと電気ベースと料理とキャリア…まあいろいろ

記録と記憶

「電子媒体は見るもので、紙媒体は読むものだ。見るより読むほうが記憶に残るのは明らかで、読み手に正しく理解させることが責務である我々は紙媒体にこだわらなければならない」

私が新聞記者をやめるきっかけの1つが電子版の導入でした。導入すること自体は賛成でしたが、導入の仕方があまりにも極端で『半沢直樹』を現実世界で真似てしまいました。

現場の記者は全員、経営陣の考えに反対でしたが、経営陣の中に1人だけ、記者側に立った役員がいました。冒頭の台詞はその役員が会議で言ったことです。

結論から言うと電子版は導入されました。しかし、経営陣が当初、想定していた極端な手法ではなく、記者側が主張していた緩やかな形になりました。

それと引き替えに、この役員と私を含む何人かの記者が辞めることになったわけです。ただ、私以外はみんな三顧の礼をもって他紙に移りました。私にも誘いはありましたが、私はもう記者をやめるつもりだったので、編集者に転職しました。

先日まで悪戦苦闘していた広告営業チームの紙媒体がきょう、納品されました。広告営業チームが頑張ったのでクオリティも売り上げも昨年のものより格段に良くなっています。

こうして成果品を手に取るたび、紙媒体の良さを実感します。決して電子媒体が悪いわけではありません。ただ、それぞれに良いところと悪いところがあるので、上手に使い分けるべきなのではないかと思います。

この点について詳細に検討せず、エクセルの数字だけで判断され、書籍編集部は解体されました。さすがに米国本社に乗り込んで半沢直樹のように振る舞うことはできませんでした。

電子媒体は記録に過ぎず、紙媒体のように記憶には残りにくいと思っています。そして、制作するなら記憶に残る紙媒体にこだわりたいのです。

古い考えの持ち主として見られるのでしょうけど、仕方ありません、私はこういう人間です。