電車の中の恋人

酒とタバコと電気ベースと料理とキャリア…まあいろいろ

怖じ気づく

「戻ってこないか?お前のような人間が必要なんだ」

先日お流れになった新聞記者時代の先輩と飲んできました。用件は予想どおり復帰の誘いです。来年度からついに社会部のデスクになる目処が立ったそうです。

wakabkx.hatenadiary.jp結論から言うと断りました。情けない話ですが、私はぬるま湯に浸かりすぎました。昼夜問わず、土日祝日問わず、24時間365日駆け回る気力も体力もありません。

新聞社には新卒で入社したため、そのような働き方しか知らず、それが当たり前だと思っていました。しかし、そうでない働き方も当然ありますし、私はそれを知ってしまいました。

編集者の働き方も普通とは決して言えません。校了直前の徹夜は珍しくありませんし、土日祝日も頭の片隅で常に仕事のことを考えています。

ただ新聞記者、中でも社会部や政治部、経済部といった激務の部署のそれとは比べものになりませんし、それでもやりたいと思えるほどの魅力を感じません。

自分で書いた記事が初めて1面トップになったときの快感は忘れられません。麻薬のようなもので、あれを1度でも味わってしまうと抜けられなくなります。

そして、再び快感を得るために手段を選ばなくなります。麻薬常習者のように非合法なことをするわけでは決してありませんが、取材対象のことを疎かにし、自分本位になります。

新聞記者にはかなりの特権が与えられています。「市民には知る権利があります」と言えば、若造でも名刺1枚でかなり奥深くまで入り込むことができます。

いまになって思えば、私も際どい手法をとったこともありましたし、当時はそれが当たり前だと思っていました。それしか知らなかったのですから。

しかし、私は望まずに外に出たわけですが、外を知ってしまうともう戻れません。アダムとイブが知恵の実を食べて羞恥心を知ってしまったことと似ています。

怖いのです…。

自分にとって365日のうちの大したことない1本の記事が、取材対象にとっては人生の1本になる可能性を秘めていることに気づいてしまいました。

社会部の記者など悲惨な殺人事件を担当することがあり、関係者の傷口をえぐるような取材を求められることもあります。

前言を少し訂正します。体力はあります、しかし気力がありません。怖じ気づいた元記者など使い物になりません。

先輩には誘ってくれたお礼を言いつつ、当時の経営層がまだ残っていることを理由に断りました。怖じ気づいてしまった自分に気づいたことは秘密です。

「いますぐ結論を出さなくていいから、年内いっぱい考えてみてくれ」と言われましたが、答えが変わることはありません。

いまの状況を鑑みれば、もう1度ぐらい転職する可能性は十分にあります。しかし、新聞記者に戻ることだけは絶対にないと実感した夜です。