「主語と述語は近くに置く」という文章の基本中の基本
読み手を見出しで釣るのはマスゴミの常套手段ですし、白状すると私自身もやったことがあるわけで、偉そうに講釈垂れることができる身分ではありませんが、たまたま目にしたこの記事は見出しだけでなくリード文もひどいという、ここまでやられたら笑うしかないぐらいのものです(元記事の日刊スポーツではなく、あえてmsnのほうのリンクを貼ります)。
サンドウィッチマンの伊達みきお(45)が、17日に脳幹出血のために37歳の若さで亡くなった劇作家の脚本家吹原幸太氏を追悼した。
「主語と述語は近くに置く」という文章の基本中の基本に真っ向から挑戦した一文です。「が」の後に読点を打ったところで効果はまったくありません。元の一文をできるだけ生かして書き直すとすれば次のとおりです。
17日に脳幹出血のために37歳の若さで亡くなった劇作家・脚本家の吹原幸太氏を、サンドウィッチマンの伊達みきお(45)が追悼した。
主語の位置をずらすだけですぐに内容が伝わるようになります。どうしても「サンドウィッチマンの伊達みきお(45)」を冒頭に持ってきたいのであれば「吹原幸太氏」の前にダラダラと並べられた情報を切り、次のように二文に分ければよいでしょう。
サンドウィッチマンの伊達みきお(45)が、故・吹原幸太氏を追悼した。吹原氏は劇作家・脚本家で、17日に脳幹出血のために37歳の若さで亡くなった。
なお、劇作家と脚本家は同じ職ではなく「劇作家の脚本家」と書くのは明らかな間違いで、訂正記事を出してもよいほどのひどいレベルです。しかし、サムネイルの見出しを見る限り、明らかにミスリードを狙っているとしか思えないので、訂正記事など出すつもりは1ミクロンもないのでしょう。
紙の新聞は見出しに目を止めてもらってそのまま本文を読めますが、ウェブ上では見出しに目を止めてもらうだけでなく、そこからクリックして本文ページを開いてもらうというひと手間があります。極端な話、本文はどうでもよく、読み手にクリックさせたら勝ちになるわけです。
どのメディアも経営が厳しく、あの手この手で利益を稼ぎ出さなければならないことはよく分かります。1クリックだって売り上げになるわけで、これを積み重ねていくことは重要です。ただ、自分で自分の首を絞めていることを忘れないよう。
それにしても、芸能人や有名人の年齢など別に書かなくてもよいと思っているのは私だけでしょうか。