電車の中の恋人

酒とタバコと電気ベースと料理とキャリア…まあいろいろ

事実を伝えることの難しさ

記者証を持たず、マスコミと認識されていない中で取材活動に勤しみ、情報を発信していますが、あちら側にいた人間、元マスコミとして、ここ最近の企業不祥事に伴う記者会見を冷めた目で見ています。

何でこんなに偉そうなのか

マスコミが増長してしまうのはよく分かります。大学を卒業したばかりの若造が名刺1枚で官僚や上場企業社長などと対等に話せてしまうわけですから。現に私も、何者でもないくせに偉そうにしたことがありました。

例えば、いまから14年前の2005年に発覚した、マンションの耐震偽装事件。「そんな事件があったなあ」と思い出した人も多いのではないかと思います。建築基準法など関連法令の改正につながる大事件でした。

私はこのとき新聞記者として4年目、新卒で配属された小さな支局から政令市の総局に異動したばかりで、怖いものなしのイケイケでした。ヤクザの組事務所や右翼の街宣車にも突撃していましたし。

そんな私の前の出てきた超特大事件です。お膝元にも構造計算書を偽造した物件が多数あり、事実を明るみに出し、居住者はもちろん世間一般の代表として悪を追及すべし、と本気で思っていました。

記者会見にも出席し、何度も質問しました。「あなた方が購入者や居住者だったらどうですか?」「人生設計を狂わされた方々のお気持ちを考えられますか?」など、当時のニュース番組に私の姿が映ったこともありました。

その結果として起こったこと

誇りを持った地場の中小建設業者による支援や、被害者となった購入者・居住者が一致団結して再建計画をまとめて強固なコミュニティを作り上げたなど、感動的な事例がありました。

その一方、関係者の倒産や破産、家庭崩壊、自殺など悲惨な出来事も引き起こしました。自分には強大な力があり、悪を全力で叩いてよいという、マスコミの大きな勘違いが原因になったこともあったはずです。

マスコミの役割は事実を伝えることです。主観を加えず、起こったことをそのまま伝えるだけであり、その判断は社会に委ねるべきです。それが悪いことであると決めつけ、糾弾することはマスコミの仕事ではありません。

ただ、これはマスコミを離れたから分かったことであって、中にいると分かりません。もし、まだ中にいたら、私も偉そうに失笑する記者のままだったと思います。事実を伝えるだけということはとても難しいものです。

マスコミほど、名刺がなければ、会社がなければ、何もできない人はいません。そして、そこに気付いた瞬間、マスコミにいられなくなります。だって恥ずかしいから。