電車の中の恋人

酒とタバコと電気ベースと料理とキャリア…まあいろいろ

退職を考える

実はいま、会社を辞めようと思っています。残ることになった書籍チームのメンバーは全員、社内の別ポジションへの配置転換が決まっているのですが、もう1人を切らなければならないかもしれないとダイレクターから先週、相談されました。それであれば私が辞めようと考えています。

会社側は切る人を既に決めています。営業サポートに異動することになった人です。私より1歳上の社歴5年目、誰もが目を見張るような派手な仕事ぶりではありませんが、真面目で丁寧に仕事をこなす人です。性格も穏やかで、殺伐としている外資系にあって編集部の良心と呼ばれています。

その人の担当タイトルの制作がたまたま一斉に待ちの期間に入ってしまって手が空いたことや、やはりたまたま私のアシスタントが手一杯だったことなどが重なり、私が編集したゲラをチェックしてもらったことがあったのですが、的確な指摘とアドバイスに驚きました。

正直言って、スピードは遅かったのです。編集という仕事に何より必要なのは質です。ただ、年間の刊行計画とそれに基づく売上予測に影響を与えないよう、決められた期日までに作り上げるためのスピードも重要です。限られた時間内で最高の質の書籍を制作しなければなりません。

しかし、その人の仕事はスピードの遅さを差し引いても十分なものでした。時間をかければ誰でもできると思われがちですが、いくら時間があったところでダメな人はダメです。経験とセンス、集中力を切らさない持続力が備わっていないとできません。そもそも、遅いといっても致命的なものではありませんでしたし。

その人は現在、小さいお子さんが2人、おまけに奥さんが3人目を妊娠中だそうです。転職先は必ずあると思います。しかし、すぐに決まるかどうかは分かりませんし、実績や年齢などを考えると、いまより条件が良くなるということはないでしょう。良くて現状維持となるはずです。

じっくり話せば貴重な人材だと伝わるはずですが、書類や2~3回の面接でそこまで伝えるのは難しいと思います。しかも、会社都合とはいえ退職が決まっているわけですから、足元を見られる可能性が大きいのです。在職中に決めなければならないという焦りやプレッシャーがあると、決まるものも決まりません。

その点、私は気楽な独り身です。自分が生きていくだけであれば何とでもなるでしょうし、何とかする自信もあります。これまでのサラリーマン人生で、何とかするためのコネや人脈を築き上げてきたので、仮にフリーのライターやエディターになったとしても、自分だけであれば生きていけると思っています。

その人の代わりといってはおこがましいのですが、誰かが辞めなければならないのであれば、私が辞めればよいことです。

いま考えていることは、海外に行くことです。具体的にはパリです。仏文科で卒論はバルザックをテーマに書いたにもかかわらずフランスに行ったことがない、外資系で働いているにもかかわらずそもそも海外に1度も行ったことがない、というのはいかがなものかと以前から思っていました。

自分が想像しているほど甘いものではなく、相当がんばらないといけないでしょうし、がんばっても物にならない可能性のほうが高いと思いますが、これまでの貯金と今回の特別加算金を合わせれば、仮に仕事をしなくても数年は海外で生きていけると見込んでいます。パリで暮らしながらライター業などできないものか。

…と、偉そうなことを長々と書きましたが、要は逃げ出したいのです。ふみちゃんの会社が入っているであろうオフィスビルと私の会社は本当に近くて、ふみちゃんの頭の中には「いつか遭遇してしまうかもしれない」という意識が常にあると思っています。ふみちゃんにそう思わせてしまうことが本当に嫌なのです。

このような後ろ向きな動機だと上手くいくものも上手くいかないと頭で分かります。しかし、そこまで理解した上で、現状から逃げ出したくてたまりません。どれだけ無責任と言われようとも、すべて放り出して、誰も私のことを知らないところに逃げてしまいたい…これが本心です。

ダイレクターは今週、遅い夏休みをとっています。そもそも、私に相談してきたぐらいですから、まさか私を辞めさせるつもりはないでしょうし、私が辞めるとも思っていないでしょう。来週、ダイレクターの休みボケの頭に、お土産と引き替えにカウンターを食らわせるつもりです。