電車の中の恋人

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秘めたる野望

書籍編集部の復活 ― これだけ理不尽な扱いを受け、いとも簡単に多くの社員の生活に打撃を与える決定を下した会社であるにもかかわらず、私が残ろうと思っているのは、この秘めたる野望があるからです。

オンラインメディアの編集に異動することは正直言って不本意です。これまで一貫して紙媒体の制作に携わってきたから、ということもありますが、やりがいという点ではオンラインより紙のほうがはるかに大きいです。

世の中のトレンドをキャッチして、類書を読んで載っていないことを見つけ、「ここに触れた書籍はまだない」と企画を立て、それについて詳しそうな著者を探して交渉し、目次を立て、著者と二人三脚で原稿を仕上げ、編集し、デザイナーに装丁をお願いし、印刷会社に紙の仕様を指示し、日本全国に配本する。

関わる人数が多く、時間と労力がかかります。しかし、最初は自分の頭の中の漠然としたイメージでしかなかったものが、最終的には目に見える、手に取って触れられる形になるわけです。これほどシビれる仕事はなかなかありません。

そう、紙媒体とオンラインメディアの一番の違いは、手に取って触れられるかどうかだと思います。実際に手で触れられるということは、人間の感覚に大きな影響を及ぼします。

また、紙媒体、特に日刊紙や週刊誌、月刊誌のように定期的に刊行されるものではなく、単体で刊行される書籍は、絶対に間違いが許されません(もちろん定期刊行物でもミスは許されません)。刊行までに多大な時間と労力、費用がかかっていますし、仮に回収・絶版ということにでもなれば、甚大な損害につながります。

書籍の制作には100点か0点しかありません。500ページある書籍でも、1箇所だけ誤字があったとしたら0点です。99点というわけにはいきません。「そんな厳しいことを言わなくても人間なんだしミスは誰でも…」と言われることも多くありますが、1箇所だけでも編集者にとっては死ぬほど恥ずかしいのです。

以前、私が担当した書籍で「消化」と「消火」を間違えたことがありました。本来は「消化」とすべきところです。読者のほとんどは気付かないと思います。ただ、もしかしたら1人が気付くかもしれません。私はこの間違いに自分で気付きましたが、できることならすべて回収して刷り直して、配本し直したいと思いました。

オンラインメディアは、このようなミスを見つけた際、すぐに直すことができます。費用も労力もかかりません。その分、緊張感は紙媒体の比ではありません。はっきり言って緩いです。特別なスキルが身につくということもありません。

先々週、転職エージェントに連絡を取ってから、実はすでにいくつかの紹介を受けています。ただ、紙媒体の編集ではなく、すべてオンラインメディアの記者・編集者です。しかも、私が数年前に転職活動していたときに紹介された企業がほとんどです。

要は人気がないのです。編集者のほとんどは紙媒体からスタートしますが、紙媒体を経験してしまうと、オンラインメディアの緩さにガマンできなくなるのです。募集しても集まらない、集まったとしてもやりがいを感じられず、すぐに辞めてしまう人が多いので、常に募集しているわけです。

弊社でもオンラインメディアの編集者をずっと募集していたのですが、なかなか応募がなく、困っていたところだったのです。「だったら紙媒体を無理やりなくして、その人員を充てれば」と思ったのではないか、という勘繰りさえしてしまいます。

私を含む書籍編集部のメンバーには全員、生活があります。悔しくてもいまは耐えるべきときではないかと思います。日本支社長にしろ、私の部署のディレクターにしろ、外人は長くいるわけではありません。どうせあと1~2年で入れ替わるはずです。そのときに、どさくさに紛れて書籍編集部の復活ができないかと目論んでいます。

「分かったよ、そこまで言うならこっちから辞めてやるよ」と啖呵を切ることは簡単です。しかし、そこをぐっと堪える、表面的には従順な姿勢を見せることによって、さらに大きなものを得るのが大人です。

…書きながら、われながら学生時代と変わったと実感します。私は文学部で、こういうことには特に反発するタイプだったのです。30代後半になってようやく大人というものを意識しはじめた、人としてはまだまだ若造なのです。