電車の中の恋人

通勤電車で一緒になる女性に恋して散ったブサメンの日常

100点か0点

「クライアントと始めて顔を合わせたとき」

ここでは“始めて”ではなく“初めて”とすべきであることにすぐお気付きだと思います。いま校了に向けて追い込んでいる書籍で実際に出てくる一文なのですが、1箇所、誤字が見つかりました。

10回以上、読み直しているなのに、なぜこれまで見落としていたのか。しかも、誰もが見落としてしまいそうな巧妙なミスではなく、明らかな誤字です。われながら「どれだけザルなんだ…」と凹みました。

1箇所見つかれば「ほかにもミスがあるのではないか?」と疑心暗鬼に陥ります。こうなってしまうと、もう不安でいっぱいです。1ページから目を皿のようにして1語ずつ、チェックします。

書籍には100点か0点しかありません。どれだけ読みやすい文章に編集されていたとしても、誤脱字などのミスが1箇所でもあれば0点です。99点はありえないのです。週明けにこのまま入稿していたら…と思うと鳥肌が立ちます。

大学を卒業して新聞社に入社し、最近流行りの校閲を専門とする人間に初めて会いました。私が書いた特集原稿にあった1箇所のミスを指摘され、私はデスクに「すみません、1箇所“だけ”間違えました」と報告しました。

そのとき、校閲の担当者に「1箇所“だけ”じゃねーだろ!10箇所だろうが1箇所だろうが、ミスはミスなんだよ!」と怒鳴られました。大学を卒業したばかりの若造だった私は「1箇所ぐらいでうるせーな」と思っていました。

しかし、いまとなってはそのときの校閲の担当者の気持ちがよく分かります。文章はキレイであればあるほど気になりませんが、その分、1箇所でもミスがあればものすごく気になります。1箇所のミスがすべてを台無しにしてしまいます。

著者が忙しい合間を縫って書き上げてくれた原稿を、私のミスで台無しにするわけにはいきません。しかも、今回の著者は私に絶対の信頼を置いてくれています。その信頼に応えなければなりません。

これまで私が世に送り出してきた書籍にも、気付かれていないだけでミスが存在しているものがあるかもしれません。もしくは、気付いた読者はいるものの、指摘しないでいるだけなのかもしれません。

校了間際にミスを見つけると「もしかしたら、これまでのタイトルにもミスがあったのではないか?」とものすごく不安になります。なぜこんな仕事を選んでしまったのかと思いつつ、文章と向き合う夜です。