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出版業界はどうなっていくのだろう

www.nikkei.comニュースについて意見を述べるブログではありませんが、これについては元書籍編集者として触れておかないわけにはいきません。

出版業界に身を置く人間であれば、ぶっ飛ぶほど驚くと同時に「ついに…」と諦めの境地に達したのではないかと思います。

これがどれだけ衝撃的なニュースであるかということを書く前に、書籍流通の仕組みと再販制度を理解しておく必要があります。

書籍流通の仕組み

出版業界におけるメインプレイヤーは図の3者です。著者やデザイナー、印刷会社、紙問屋、配送業者などはいったん脇に置きます。

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さらに、この3者の中でも重要な立ち位置を占めるのが取次です。「本を出す出版社じゃないの?」と思われがちですが、取次様には頭が上がりません。

書店に並ぶ書籍は出版社から直接、納品されるわけではありません。仮にそんなことをやろうとしたら大変なことになります。

全国にある書店は紀伊国屋や丸善ジュンク堂のような大型店舗ばかりでなく、家族経営による街の書店が膨大にあります。

その1店ずつから注文を受け、代金をもらい、発送し、返品を受け、代金を払い…などを出版社自身がやろうとすると大変なことになります。
※返品については後ほど。

それらをすべて請け負ってくれるのが取次です。出版社は書籍作り、書店は書籍販売と、取次のおかげでそれぞれが自身の役割に集中できるわけです。

金融機関としての取次

出版社は書籍を刊行してから取次に持ち込むと、一定の代金を払ってもらえます。これで出版社に一時的にお金が入ります。

書店は取次に代金を払って書籍を配本(卸)してもらいますが、売れ残ったものを返品できます。これで書店に売れ残った分のお金が戻ってきます。

出版社は返品された分の代金を取次に返しますが、その前に次の新しい書籍を制作し、取次から代金を払ってもらいます。

このループです。出版社は取次に払ってもらえる一時的なお金で新しいタイトルを刊行し、書店は売れ残りを心配せずに仕入れることができます。

出版社の多くは自転車操業です。似た内容の書籍が大量に刊行されているのは、とにかく作って取次からお金をもらえないとつぶれてしまうからです。

これ以外にも、長年にわたって蓄積された膨大な販売データを保有しているなど、出版社も書店も取次様には頭が上がりません。

再販制度とは何ぞや

ここで重要なのが再販売価格維持制度(再販制度)です。簡単に言うと、どれだけ不人気で売れない書籍でも値引きできない、ということです。

例えば、家電製品は新品であってもお店によって値段が違いますし、1年前の型落ちなどは割引セールされています。

それに対して書籍は日本全国、1年前に刊行されたものであっても同じ値段です。当たり前のように思われていますが、これはすごいことです。

食料品や燃料など都心部と地方で値段が違うのは輸送コストがあるからです。書籍にも当然、コストがかかっていますが、なぜか値段は同じです。

  • 書籍は文化の根幹であって、全国の読者に同じ条件で商品を供給しなければならない
  • 文化を維持するためには価格競争がなじまない

書籍の値段が日本全国で同じ主な理由です。文化はどこの誰にでも平等に提供されるべし、ということで、新聞の値段が同じなのもこれが理由です。

また、書店から出版社に返品された書籍は再度、出荷して販売できます。中古品のようなものですが、このときも割引などされず、値段は同じママです。

取次が不要になる

さて、ここからようやく本題です。

出版社は書店1店ずつと取引するのが大変で、取次はそれを代行してくれていたわけですが、今度はアマゾン1社との取引だけで済みます。

また、買い切りなので返品がなくなります。このときの輸送コストが大きく、書店や取次の負担となっていますが、これもなくなります。

出版社にとって取次の最大のメリットは金融機関としての役割を担ってくれることです。書店で売れる前に一時的に代金を受け取れる恩恵は絶大です。

アマゾンはこれをやる、しかも買い切りだから返品される心配がありません。これだけでも取次がほぼ不要になってしまいます。

しかし、返品できないということは売れ残りを在庫として抱える不安があります。これはどうすればよい?すべて断裁する?

アマゾンが儲からないことをやるわけがありません。在庫を売り切るには値引きです。アマゾンは売れ残りの値引きを出版社と交渉するそうです。

出版業界の根幹を否定

取次の存在と再販制度は出版業界の根幹を成しています。しかし、アマゾンがやろうとしていることはそれを完全に否定することです。

取次が入ることによる中間マージンが書籍の価格に上乗せされているなど、取次に対する批判は昔からありました。

また、再販制度は独占禁止法に抵触する可能性が極めて高く、完全にグレーゾーンです。実際、諸外国では廃止されています。

これまで異常と言ってもよいぐらいの出版業界がようやくまともになるから大歓迎だ、という意見がたくさん出てくると思います。しかし、本当に良いことだけなのか。

例えば、アマゾンは売れ残らないよう確実に売れるものだけを確実に売れる数だけ仕入れるはずです。そうなると出版社は確実に売れそうな書籍しか作れなくなります。アマゾンの言いなりです。

文化的・学術的にとても貴重な書籍ではなく、白石麻衣ちゃんや西野七瀬ちゃんの写真集のようなものしか作れなくなるはずです。売れませんから。

また、値引きされればアマゾンと実店舗で値段に差が出ます。安いほうが売れるでしょうから、実店舗の経営が苦しくなるはずです。

出版業界の自業自得

ただ、アマゾンは日本の出版文化を破壊する悪などではありません。日本の出版業界の仕組みはおかしいと思いますし、そこにあぐらをかいてきたツケを払う時がきたと思っています。

もし、アマゾンの買い切りが正式に始まったら、日本の出版業界は根幹から変わるはずです。多くの出版社や書店が倒産すると思います。

もちろん、それは残念なことです。また、日本の出版業界の仕組みには良いところもたくさんあります。価格競争はなじみません。

今回のニュースで結構、目が覚めた出版関係者が多いと思います。「いつかヤバくなるだろうけど、まだ大丈夫だろう」と思っていたのが本気でヤバくなったわけですから。

そういう人たちが新たな仕組みを考え、作り上げてくれないものかと思います。主導権を握るのはアマゾンではなく、いまの出版業界であるべきです。

このママではまずいし、実際におかしいところがあるわけです。そこを自分たちで見直し、より良い仕組みに作り直さなければ生き残れないはずです。

もし、そういうことを話し合う集まりや団体があれば、ぜひ参加したいと思います。書籍編集部の解体による辛さを味わうのは2度とごめんです。

どうなっていくんだろう、出版業界。

◆元書籍編集者だったことを思い出すとつぶやいています → ずずず (@wakabkx) | Twitter