電車の中の恋人

酒とタバコと電気ベースと料理とキャリア…まあいろいろ

就職氷河期

30代後半から40代の非正規雇用者やニート、引きこもりの増加は自己責任などでなく明らかに社会の責任だと私は思っています。本人の努力不足などでは絶対にありません。

就職氷河期を発生させ、新自由主義の名の下に日本経済を崩壊させた政府を私は恨んでいますし、当時のことを思い出すたびに「不公平だろう…」と本当に悔しくなります。

こういうことを言うと必ず自己責任論による批判が出てきます。しかも、辛い時期を経験して気持ちが痛いほどよく分かるはずである同世代から特に辛辣な批判が出ます。

「確かに辛かったけど、オレはがんばったから正社員になれた。日本全国でこの世代が1人も正社員として採用されなかったわけじゃない。本人の努力が足りないか、選り好みした甘えのせいだろ」

私は就職氷河期の中でも最もどん底だった時期に就職活動した世代です。大学院入試に失敗してから動き始めたので活動期間は短めでしたが、それでも50社近く応募し、落ちまくりました。

周囲には100社近く応募して1件も内定を取れない同級生もいました。やりたいことを明確に定め、業界を研究し、エントリーシートや面接対策にまじめに取り組んでいたのに、です。

「それでもダメだったということはそれより努力した人がいたんだろ。本人の頑張りが足りなかったということなんだよ」― こう思う同世代の正規雇用者はたくさんいるはずです。

ただ、本当にそう言えるのかどうか。同級生たちが仮にいまの時代に就職活動したらどうなるのか。その年にたくさんの企業が1人も採用しなかったことは本人の努力不足のせいなのか。

当時の就職活動を勝ち抜いた面々は、それはそれは尋常でないほど努力していました。その分、同世代を批判することによって、自分の努力のすごさ、自分の存在価値を確認しているわけです。

もっと言うと、そうやって確認しないと辛くて生きていけないというのが本心です。私の世代は、新卒で就職できてもできなくても、大切なものを奪われてしまいました。

就職氷河期世代どうしを分かつ自己責任論|7月31日ラジオに出ます - ニャート

先日、こんなエントリーを読んで「あーそうそう」と強く納得しました。私も普段からものすごく違和感を覚えていたことです。何で社会のせいにして文句を言ったら批判されるのか。

新卒一括採用だの年功序列だの日系独特の労働制度に対する疑問も山ほどありますが、それを書き始めたら止まらないのでまたいずれ。