電車の中の恋人

通勤電車で一緒になる女性に恋して散ったブサメンの日常

普通であること

普通であることはとても幸せなことであると思っています。

私はサラリーマンの父親とパートの母親、4歳上の姉の4人家族で育ちました。父親は毎朝8時に家を出て、午後8時ごろに帰ってくる生活を何十年も淡々と続けました。

神奈川県厚木市というところで最寄り駅からバスで10分以上かかる場所に父親は一戸建てを買い、姉も私も小中高を公立で過ごし、姉は高卒でプロのカーレーサーになり、私は私立の大学に進みました。

途中で姉がグレてレディースの副総長になったり、峠でリアル頭文字Dになったり、という突発的なトラブルに見舞われましたが、すべて引っくるめて普通の生い立ちだと思っています。

私は大学卒業後、普通に就職し、バンドをやったり、好きなときに1人で飲みに行ったり、贅沢はできませんが、何の不自由もない日常生活を送っています。

仕事のやりがいであるとか、不満を挙げればキリがありません。それでも毎日やるべきことがある、朝起きて夜眠るまで世の中と接しているということは、とても幸せなことであると思います。

強いて言えば、見た目がもう少しまともで、ふみちゃんのようなかわいい彼女がいたら…と思いますが、それは贅沢というものです。ブサイクであることは甘んじて受け入れなければなりません。

今日も朝から仕事をして、満員電車に揺られて家に帰り、静かにウィスキーを飲みながらこうして好き勝手に文章を書くという生活のありがたみを実感しています。

普通であることは最高の贅沢です。