潮鳴り
私は時代小説が大好きです。
私はもちろん著者でさえ、その時代を自分自身の目で見たことがない分、制約を受けず自由に想像できるからです。
また、時代小説を書く作家は名文家が多いです。司馬遼太郎氏しかり、池波正太郎氏しかり、中でも藤沢周平氏はお目にかかったことがないものの私淑しています。
幸か不幸か、編集をやらなくなってから本を読めるようになってきました。ただ、作家の独特の感性が文章に表れる現代小説はまだ読めません。それが個性であるわけですが、上手な文章といえないものが多々あります。
葉室麟さんという時代小説家がいます。昨年末に急逝されてしまったので、正確には“いました”ですが。
『蜩ノ記』という作品で直木賞を受賞しましたし、この作品は4年前に映画化されたので、ご存じの方も多いと思います。
『蜩ノ記』は直木賞受賞時に読んでいたのですが、その他の作品は読んだことがありませんでした。昨日、ふと書店に行ったところ、葉室麟さんの追悼コーナーができていたので、目についたものを1冊買ってみました。
『蜩ノ記』で描かれた羽根藩(架空)シリーズの第2作目です。かつては俊英と謳われたものの役目でしくじり、いまは自堕落な生活をしている主人公が再生していく物語です。
おこがましいと思いつつ、ついいまの自分と重ねてしまいました。私は特にしくじったわけではありませんが、干されて半ば自棄になっているところは同じです。
葉室麟さんの文章はとても優しく、傷口にゆっくりと染み渡り、ボロボロになりつつある心を癒してくれます。何も考えずに身を委ねたくなります。
しかし、そこで「どうせこれは小説だし」と思ってしまう自分がいます。どうせ小説だから最後は上手くいく、でも現実はそんなに上手いこといくわけがない…と考えてしまいます。
少し前まではそんな風に考えることなどなかったのですが、どうやら自分が思っている以上に歪んできているようです。
私は何かを途中で投げ出すことが嫌いです。ただ、ガマンを続けることが本当に良いのかどうか。見極めは自分にしかできず、取り返しのつかないことになる前に判断しなければなりません。
歪んできていることに気づいたように、かろうじてまだ自分を客観的に見られているようです。その余裕があるうちはもう少し大丈夫かもしれません。