電車の中の恋人

酒とタバコと電気ベースと料理とキャリア…まあいろいろ

責任転嫁

スーパーで見かけた「巨峰」が「巨乳」に見えました、疲れています。

弊社で刊行した書籍の版権を買い取り、出版を続けてくれることになった出版社との打ち合わせで今朝は直行しました。

書籍に関することは雑誌チームの編集長がすべて担当することになっているのですが、書籍については私のほうがよく分かっているため、同席を頼まれました。

制作中の書籍や既刊書籍のデータの受け渡し、著者や外注先とのつなぎ、著者への印税の支払いなど、具体的なところまで詰めてきました。

書籍の出荷が停止された先月末に大泣きし、気持ちを切り替えたつもりでしたが、やはりキレイに割り切れるものではありません。

条件などを話しながら「書籍編集部のメンバーでがんばって作り上げてきたものを捨てるような話を何でしているのだろう」とずっと思っていました。

闇に葬られるはずだったものを引き取って刊行を続けてくれるという、本来であれば感謝すべきことであるにもかかわらず、奪われるような気持ちになっていました。

「お前らみたいな受け皿があったから廃止になったんだ。受け皿がなければそのまま続いたはずなのに」― 逆恨み以外の何ものでもありません。

すべては書籍出版事業の廃止を覆せなかった自分自身の責任です。ただ、こうでもして誰かに責任転嫁しないと押しつぶされてしまいそうです。

これまで刊行してきた書籍に口があり、もし話したとしたら「お前のせいで僕たちは捨てられることになったんだ」と言うはずです。

私は今後一生、書籍たちの恨みを背負い続けなければなりません。それ以外の責任の取り方が分からないため、甘んじて背負います。

責任転嫁を口に出すようなことはもちろんありません。ただ、せめてここで吐き出させてもらいたいのです。自分で自分を追い込みすぎないように気をつけないと。