電車の中の恋人

酒とタバコと電気ベースと料理とキャリア…まあいろいろ

正当な対価

「大変申し訳ありませんが、今回は別の方にお願いすることにいたしました。つきましては、提出していただいたサンプルの請求をお願いいたします」

初めて仕事をするフリーの方にこのような連絡をすると誰もが驚きます。「採用されなかったのに費用をいただけるのですか」と。

当たり前です。プロとして自分の腕一本で生きている方が何時間もかけて制作してくれたものに対して費用を払わないほうが信じられません。

出版業界は“なあなあで済ませる”という悪しき慣習がいまだに横行する旧態依然としたところで、最上流にいる版元の人間は特にその傾向が強いです。

フリーのデザイナーやDTPに何度もサンプルを制作させたにもかかわらず最終的に採用せず、費用を払わない編集者が少なくありません。

「正式に契約を結んだわけでなく、あちらが“善意”で作っただけ」と言い放つ輩もいますが、発注者は断り切れない相手の立場を斟酌する必要があります。

フリーで仕事をしている方が発注者に「ちょっとサンプル作ってもらえない?」と言われて「無償では…」と渋るのはなかなか難しいことです。

また頼む側は「ちょっと」と思っても、頼まれる側は最低でも数時間を要します。その間は別の仕事ができないわけですから、費用を払うのは当然です。

弊社でパンフレットのような印刷物を制作することになり、私が窓口となって外部のデザイナー3人にサンプルを提出してもらいました。

そのうちの1人に決め、残る2人に冒頭のメールを送ったところ「これまでサンプルの費用をいただいたことなどありませんでした」と驚かれたわけです。

「複数人に依頼しているのでコンペのような形になります」と事前に伝えてあったので、採用されなかったことについては何も言われません。

組織に属していると大して仕事をしていなくても毎月、給料が振り込まれることを当然と思ってしまいますが、フリーの方々は働いた分しかお金をもらえません。

仕事の打ち合わせで外出したときの電車賃の数百円すら大切な経費です。会社員のように申請したら会社に払ってもらえるわけではありません。

私は仕事柄、デザイナーやDTPなどフリーの方々と一緒に仕事をする機会が多いのですが、打ち合わせ時の交通費や制作中に頼んだちょっとしたことに対してもすべて対価を払っています。

もちろん「交通費」「軽微な作業」といったように細かく費目を設定するわけではありませんが、事前に相談して、最終的にそれらを含む金額を請求してもらっています。

ふだんからよく一緒に仕事をしている方々はみんなそのことを知っているので、打ち合わせにはフットワーク軽く足を運んでくれますし、ちょっとしたお願いにもすぐ対応してくれます。

担当の編集者がとても良い人物で仕事もできても、フリーの方々にとってはまずお金を払ってくれることが大前提です。

それがあってこそ仕事を通して人柄や能力を知り、信頼関係ができあがっていくわけです。やりがいや人柄でごはんは食べられません。

フリーの方々は当然、ボランティアでやっているわけではなく、その道のプロで、ビジネスとしてやっています。プロに対して正当な対価を払わないことほど失礼なことはありません。

それでもボランティアと勘違いしている輩は一向に減りません。そういう輩が少なくないせいで、私がお願いしたときにはがんばってくれる人が多く、助かっているわけですが。

オフィス近くにある観光スポットにたくさんの観光客が訪れています。県外ナンバーの車が駐車場に長蛇の列を作っています。

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タバコを吸いながら眺めていたところ、車内でカップルが楽しそうにおしゃべりしていました。駐車場の空きを待つのも2人なら楽しい時間のようです。

私は1人、粛々と働いています。