電車の中の恋人

通勤電車で一緒になる女性に恋して散ったブサメンの日常

5円玉

「とても理性的な文章を書かれる方ですね」― 転職先で部下となるスタッフに言われました。

転職先の人事から先日「部下となるスタッフの1人が“ずずずさんが書いたものを読んでみたい”と言っているのですが…」と連絡があり、私が直近で書いたものをいくつか送りました。

オファーレターを受け、サインして提出しているため、これで内定が覆るということはありません。内定が出る前の面接と違い、気楽に送りました。

できるだけ早くチームをまとめたいので、本人たちの承諾を得て、部下となる6人の経歴を既に聞いているのですが、私が書いたものを読んでみたいと言ってきた彼は元雑誌記者でした。

そして、経歴と一緒に彼が書いたものも読ませてもらったのですが、驚くほどキレイな文章でした。なぜ辞めたのかまでは聞いていませんが、相当のスキルを身に付けているようです。

私が書いたものを読んでみたいと言っていると聞いたとき、ドキッとしました。しかし、これから一緒に働く仲間ですから、下手な小細工をするわけにはいきません。

社内外的には上司と部下という関係になりますが、彼はもちろん、その他のスタッフに対しても上下関係を強いるつもりはありません。

全員、出版社などで相応のキャリアを積んできた人間です。責任を取らなければならないときだけ私が前面に立ち、ふだんは制作に携わる人間として対等に接するつもりです。

私が書いた文章はどうやら彼を納得させることができたようです。キレイな文章が書けるスタッフと一緒に働けると思うといまからワクワクします。

しかし、私は決して理性的な文章を書く人間などではありません。毎朝の通勤電車で一緒になる女の子を好きになり、こうして何年も引きずっているのですから。

きょうは久しぶりに小銭入れに5円玉がありました。近所にある小さな稲荷社に寄って、いつものお願いをしてきました。ふみちゃんがずっと幸せでありますように。

こんなものは恋でもなんでもありません。これを恋だと言うのは、相手に好かれようと見た目に気を遣ったり、がんばって話しかけたり、全力で恋をしている人に対して失礼だと思います。

だから、私は自分のことなど構いません。ふみちゃんがずっと幸せであればそれでよいのです。こんなことを書いていると知ったら、彼はどう感じるのでしょうか。

「何だこいつは。理性の欠片もなく、感情だけじゃないか」と思い、私のことを軽んじるでしょう。ただ、それでも構わないので、ふみちゃんにはずっと幸せでいてほしいのです。

今夜はこんな曲を聴いています。


古内東子 / 片想い