電車の中の恋人

通勤電車で一緒になる女性に恋して散ったブサメンの日常

八方塞がり

仕事してぇ…。

気力・体力ともに充実し、能力もあるのに、それを発揮させてもらえないことほど辛いことはありません。私から仕事を取ったらブサイクしか残りません。

仕事は与えられるのを待つのではなく自身で見つけるものであるということは誰よりも分かっています。これまでそのように仕事をしてきました。

新聞記者時代はありふれた日常の中からピンとくるものを見つけ、時間をかけて取材し、記者全員で毎日、紙面を作り上げていました。

いまは世のトレンドを注視し、「これに関する書籍を世に送り出せば売れる!」というものを見つけ、企画を立て、著者と二人三脚で書籍を制作してきました。

新聞でも書籍でもネタは誰かに教えてもらうものではありません。常にアンテナを張り詰めていないと見逃してしまうような小さな光を自身で見つけ出すのです。

どのような職種であれ、自身で仕事を見つけ出さなければならないことは同じですが、新聞記者や編集者はその傾向が特に強いと思っています。

ただ、大規模な組織の中にあってはそれができないこともあります。大きな仕事ができることは組織の魅力ですが、その分だけ関わる人間が多くなります。

1人ではできない、誰かの協力を得なければならない、しかし協力を得られないとなると八方塞がりです。手も足も出ません。

上層部が新たな収益源と目論んでいる新規事業についてさまざまなアイディアがあります。彼らが探しているアドバイザーとの伝手もあります。

しかし、私には何も聞かれませんし、発言権すらありません。知識は豊富であるもののそれを実践するノウハウを持たない一部のスタッフが夢物語を語っています。

営業が必死で稼いできた金を使わせてもらう立場であることをまったく理解せず、脳内がお花畑と化しているスタッフの話を聞いていると反吐が出ます。

上手くいかないことが分かっていながら何も言えないのはとても辛いです。しかし、干されている私には、いまは何もできません。

「打ち合わせで外出します」― 今日も16時前にオフィスを出ました。ただ、まっすぐ帰る気分にならず、お気に入りのもつ焼き屋で軽く引っかけてきました。

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キクアブラという小腸の脂を串にしたものです。1本100円が基本のこのお店にあって、これは1本150円という“高級串”です。

ただ、心の底から美味いと感じることができませんでした。調理の問題ではなく、あくまでも私の気持ちの問題です。

このお店に寄るのは、書籍や広告媒体を校了するなどキツい状況を乗り切ったときに自分へのご褒美としてでした。

それがいまのように何もしていないのにお邪魔しても美味しくいただくことができません。むしろ、いつも丁寧な仕事をしている大将に申し訳なくなります。

「今日はこんなキツい状況を終えてきました!大瓶お願いします!」と自信を持って大将に言える日がまたくるのか、いまは腐らずに耐えるのみです。

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