電車の中の恋人

通勤電車で一緒になる女性に恋して散ったブサメンの日常

続・意地とメンツ

「今回は何とかフォローできたが、2度目はないと思ってほしい。仕事や仲間に対する君の考え方は素晴らしいが、組織には組織の論理というものがある」

支社長とダイレクターとの三者面談の後、支社長に言われたことです。決して短くないサラリーマン生活を経てきました。組織の論理など言われなくとも分かります。

しかし、分かっていなかったから新聞記者を辞めることになり、そのときのことを学習しなかったから同じような状況に陥っているわけです。

以前から何度も書いているように、外資系では自身に与えられる職務が明確に定められており、それ“だけ”を任されます。逆を言えば、自身の職務以外のことに手を出してはいけません。

それ“だけ”と言うと簡単なように聞こえますが、求められるレベルは生易しいものではありません。狭く深く、その業務に関しては誰にも負けないスペシャリストであることを求められます。

また、就業時間に対する考え方もシビアで、日本人のように遅くまでダラダラとオフィスに残ることをよしとしません。むしろ定時内で業務を終えられない無能と評価されます。

私には定時をフルに使ってようやく終えられる量の業務がすでに与えられています。広告営業チームのサポートは当然、定時外でやることになるわけです。

本来の業務に支障をきたしたことはありませんし、現在のチームのメンバーに迷惑をかけたこともありません。本来の業務をきちんとこなした上で広告営業チームをサポートしていたつもりです。

ただ、サポートを始める前より疲れが溜まっていたことは事実です。広告営業チームの案件はそれだけで1~2人のスタッフを必要とするものですから、単純に考えても私の業務量は2倍になりました。

自分で気づいていなかっただけで周囲に迷惑をかけていたのかもしれません。私の見えないところで現在のチームのメンバーがサポートしてくれていたのかもしれません。

「チームメンバーからは何も報告を受けていないが、広告営業チームのサポートという余計な業務に手を出したせいで君がダウンし、チームメンバーに迷惑をかけることになったかもしれない」

ダイレクターはさらに畳みかけてきます。

「君は“困っている仲間を見過ごすことができなかった”と言うが、君がダウンして現在のチームメンバーが困ったらどうするのか。チームメンバーも君の仲間であるはずだが、君は見過ごすのか」

ぐうの音も出ません。

「“困っている仲間を見過ごすことができない”というのは君の自己満足にすぎない。君は広告営業チームと私的にも仲が良いようだが、それで現在のチームメンバーより肩入れする、差をつけるということは許されない」

正論すぎて何も言い返せません。ダイレクターはアメリカ人ですが、これらをすべて流暢な日本語で言ってきます。感情の起伏を表に出さず淡々と問い詰めてくるところも応えます。むしろ怒鳴ってくれたほうが楽です。

「今回はずずずさんがサポートに入ってくれなければ本当に終えられなかったようだし、終えられなかったら会社の信用が大きく損なわれていただろう。売り上げも過去最高だったのだから、今回はこの辺で収めないか」

支社長が間に入って収めてくれたのでここで終わりましたが、もう少し詰められていたら悔し涙を流していたかもしれません。論理であれば私もそうそう負けない自信がありますが、今日はコテンパンでした。

意地とメンツ ― 組織の論理を尊重しつつ、決して歯車の1つにはならないよう気を張ってきたつもりですが、それは自己満足にすぎなかったのかもしれません。

「困っている仲間を助けて感謝される自分に酔っていただけなのか…」。価値観を大きく揺さぶられています。ただ、間違ったことをしていないという自負は削がれずに残っています。

正しいこと、間違っていないこととはそもそも何なのか、その答えは死ぬ瞬間に初めて分かることなのだろうと思います。だから何歳になっても、10代の中高生でも、70~80代の人生のベテランでも、生きている限りは悩み続けなければなりません。

泥の中でのたうちまわって、悩んでもがいて苦しんで。それでも少しずつ前に進みたいと思うのです。