電車の中の恋人

酒とタバコと電気ベースと料理とキャリア…まあいろいろ

渦巻く

「やりたきゃやりゃあいいんじゃねーの」

私はこれまでたくさんのプロのミュージシャンを見てきました。彼らもそのことを知っているので“ミュージシャンがいかに厳しいか私は分かっている”ことを分かっています。

だから私に対して「プロになるだなんてやめておけ」と説教じみたことは言いません。「言わなくても分かっているだろ?」という前提があるわけです。

だらだらと家に1人でいると酒を飲んでしまうのでさっさと髪を切りに出かけたところ、横浜で活動しているジャズピアニストにばったり会いました。

「あれ、今日はサボりか?」
「いえ、会社に無理やり有休を取らされまして」
「まあいいや、一杯いこうか」
「いや、これから髪を切りに…」
「じゃあ、○○(お気に入りの中華料理屋)で待ってるから」

外に出ても結局、飲む羽目になるわけです。ただ、話が分かる人に相談したいと思っていたところでもあったので、実はありがたいと思いました。

“彼”と呼ぶにはあまりにも大先輩なので気が引けるのですが、彼は70歳オーバーで私の親父より年上です。正確な年齢は周囲もご自身もよく覚えていないような方です。

太平洋戦争後に米軍に接収され、日本の中にある小さな米国だった横浜の本牧で生まれ育ち、戦後の混乱期から米国文化を肌で感じてこられました。

駆け出しのころは酔っ払った米兵に「Jap ! Shut out !」と言われながらビール瓶を投げつけられるのは当たり前、拳銃を突きつけられたこともあったそうです。

いまの時代はアマチュアでもPCで簡単に作曲でき、それを全世界に配信できますが、昔はとにかく生演奏をこなし、場数を踏むことでしかプロになれなかったのです。

そうした苦しい経験を積んできた彼は“泰然自若”という言葉を体現しているような方で、私のような若造とも親しくしてくれることをありがたく思います。

…ただ、根っからの遊び人で女癖が悪く、バツ3です。昨年のクリスマスに景子さんといった寿司屋に口を利いてくれたのもこの方です。このへんは学ばないようにしないと。

メジャーデビューを控えたバンドのオーディションを受けて合格したこと、熱烈に誘われていることをつい相談してしまいました。昼間から紹興酒を飲みながら。

冒頭のことを言われるのは分かっていたのです。彼はきっと「ミュージシャンがいかに厳しいか知ってるだろ?オレに何て言ってほしいんだ?」と思ったはずです。

「それでも誰かに聞いてもらいたい」という気持ちも理解してくれているので、否定するでもなく、突き放すでもなく、冒頭の台詞になるわけです。

そう、結局は自分で決めるしかありません。

帰りに川面を眺めながらタバコをふかしていたところ、たまたま通りがかったスーツ姿の若いサラリーマンにこれ見よがしに舌打ちされました。

今日はヒゲも剃らず、髪の毛もボサボサ、ダウンジャケットにデニム、スニーカーという気が抜けた格好だったので、ニートと思われたのかもしれません。

会社、組織、世間体…さまざまなことが頭の中で渦巻いています。ただ、1つだけ言えることは、てめぇのケツはてめぇで拭くしかないのです。