電車の中の恋人

通勤電車で一緒になる女性に恋して散ったブサメンの日常

自己責任

自己責任 ― はっきりと分かりませんが、日本人ジャーナリストが紛争地域に潜入し、武装組織に拘束される事件が発生したころからよく耳にするようになったと思います。

生命の危機に陥っている人がいるにもかかわらず助けなくてよい、むしろ同じ日本人として恥ずかしいといった意見を耳にするたび、背筋が凍る思いをしました。

政府の警告を無視し、「自分だけは大丈夫」と過信したことについては厳しく注意を受けるべきことですが、だからといって見殺しにしてよいわけではありません。

例えが異なりますが、いじめ問題について語られるときに「いじめられる側にも問題がある」と言われることに相通じるものがあると思っています。

いじめ問題について、私はいじめる側に100%の非があると考えています。いじめられる側には1%の非もなく、責められることなど絶対にあってはならないと思います。

他者に対する関心を失い、人間関係が希薄になってしまったのはいつからだろう。人間はもっと優しかったのではないか。そう思うことが増えました。

眠っている時間以外は常にアルコールを摂取している状態を“連続飲酒”といいます。アルコール依存症の典型的な症状の1つで、私は連続飲酒にまで陥っています。

今日も洗濯と掃除、朝食を食べ終わったところから飲み始め、午前中に更新した直後に眠り、14時ごろに起きてまた飲み、17時ごろに眠って先ほどまた起きました。

結局、ベースを受け取りに行くことをすっぽかしてしまいました。家に1人だけで、誰の監視の目も届かない休日は、こういうことが増えました。

「酒にだらしがない酔っ払いめ。お前のことなんか知らねーよ。勝手にしろ」と思う人が少なからずいるでしょうし、確かにそのとおりだと思います。

ただ、自分でもやめようと思っているのですが、それでもやめられません。アルコール依存症は単に酒にだらしがない酔っ払いではなく、病気です。

「それなら病院に行けば」と思われるでしょうけど、病院でアルコール依存症は治せません。アルコール依存症を治す方法は今後一生、酒を飲まないことだけです。

精神の病と同じようなものなので、少量でも酒を飲んだらすぐ気持ち悪くなる薬の処方などもありますが、基本的に酒を断つ強い心を養うことが治療の根幹になります。

以前に1度、依存症治療専門のクリニックに行ったのですが、「酒は2度と飲めません」と言われた瞬間に怖くなり、通わなくなりました。

酒がなくなったらつらいとき、眠れないときにどうすればよいのか、それを考えると怖くて仕方がないため、いまは考えることを放棄しています。

酒を飲むことは単なる逃げであり、何の解決にもならないことは分かっています。そして、いつか必ず何らかの影響が出てくることも。

いまは酒が簡単に手に入ります。コンビニではプライベートブランド缶チューハイが缶コーヒーやジュースよりも安く、100円で買えます。

「酒を買うのがもっと難しかったら」と責任転嫁してしまうときもありますが、酒を飲む飲まないは自分で決めることであり、それこそ自己責任です。

本当はすべて理解しているのです。しかし、弱さゆえ酒に逃げてしまい、現実逃避しています。自己責任という言葉が延々と頭の中で響き続ける土曜日の夜です。