電車の中の恋人

通勤電車で一緒になる女性に恋して散ったブサメンの日常

弱い

芸能人でも有名人でもない小市民の私のブログをずっと読み続けてくださっている方々がいます。その方々はよくお分かりだと思いますが、私はとにかく弱いです。

“強い”“弱い”の尺度など聞いたこともありませんが、もしそのようなものがあるのであれば、私は確実に平均以下、最下層のレベルに入るぐらい弱いです。

だからこそ、これまであえて厳しい環境を選んできました。周囲が緩ければ流れに乗って緩くなってしまうため、逃げられない状況を作り出したわけです。

新聞記者時代、絶対に書けないようなことを見聞きしました。「トラブルによる殺人」の裏にあった残酷な経緯、「従業員による横領」が発生した背景のドロドロの人間関係など、自分がいつ壊れてもおかしくありませんでした。

いまはいまで、人間味がまったくない外資系でクビを切ることなど何とも思っていない外人どもにまみれています。何人もの退職者を見送るたび、自分の中の大切なものが少しずつ削られていったと思います。

私の新聞記者時代を知る人、いまの会社のメンバーともに、私が本来、とても弱いなど思ってもいないはずです。周りからは無理難題と思われるようなことも顔色1つ変えずに淡々とこなしてきました。

大手全国紙からのスカウトがありました。いまは「ずずず以外では無理」と言われる業務があります。そしてヘッドハンターから声がかかりました。誰もが私を強いと言います。

違う、私はそんな人間じゃない。マンションのドアを閉めた瞬間、真っ暗闇の中でいつも泣きそうになる。たまに息苦しくなって膝をついてしまうこともある。

以前にも書いたように、私は常に承認欲求に駆られています。「身近な人には話せない、でも誰かに知ってもらってあわよくば意見をもらいたい、自分がここにいることを知ってもらいたい」と思い、こうして書いています。

とはいえ、完全にさらけ出すと誰も近寄れないものになってしまうので、ふだんは“見られている”ということを意識し、抑えている部分もあります。

ただ、今夜だけは重いのです。こうして書きながら頭の中を整理し、大声で叫びたい気持ちを何とか抑え込んでいます。

気持ちが上がっているときにこれを読み返すと「何でこんなことを書いてアップしたのか」と恥ずかしさでいっぱいになると思います。それもそれで自分を見つめ直す良い機会なので、いまはこうして乱文を書きなぐっています。

今夜は落ちたまま。