電車の中の恋人

通勤電車で一緒になる女性に恋して散ったブサメンの日常

奥付

書籍の巻末にある、書名や著者、発行者、印刷者、刊行年月日などが記載されたページを「奥付」(おくづけ)と呼びます。校了が近くなり、刊行日が見えてきたところで編集者が制作します。

奥付に出版業界全体で統一されたフォーマットがあるわけではなく、何を記載するかは各社の自由です。もっと言えば、奥付がなくても構いません。しかし、自社の刊行物の責任の所在を明確にするためのものであるので、奥付は必須だと思います。

例えば、弊社の奥付は次のようなものです。

○○○○(書名)
平成28年○月○日 初版第1刷発行
著者 ○○○○(著者名)
発行所 ○○○○(弊社名)
Tel:○○○○ / Fax:○○○○(弊社電話・Fax番号)
URL:www.○○○○.jp(弊社サイトURL)
装幀 ○○○○(デザイナー名)
DTP ○○○○(DTPオペレーター名)
印刷・製本 ○○印刷株式会社(印刷会社名)
© ○○○○, 2016(著者名英文表記)
Printed in Japan
落丁本・乱丁本はお取替えいたします。
ISBN ○○○○(書籍を認識するためのコード)

弊社は日本市場での書籍出版事業から完全に撤退することになりました。当然、販売や流通もしません。私がいま制作しているタイトルを来週、入稿するのですが、販売・流通を他社に委託します。「弊社が書籍を無償提供する」形になります。

奥付にはもちろん、カバーや表紙などにも委託先の社名が載ります。委託先の奥付には本来、デザイナーやDTPの名前を載せないそうなのですが、交渉して載せてもらえることになりました。

ただ、弊社の名前は載りませんし、私が企画から編集、制作を担当した痕跡はどこにもありません。発行所は委託先、責任者は委託先の社長です。本タイトルの刊行の裏にどのような事情があるかなど、読者に伝える術もその必要もありません。

私の制作した書籍が形になり、書店に並び、読者の手に渡ればそれでよいと思います。そもそも、編集者の名前が載ることなどありません。著者がまえがきなどで触れてくれることもありますが、編集者は黒子です。

しかし、頭では理解できても、胸の奥で一抹の寂しさが疼きます。私の名前など載らなくてもよい、ただ弊社で制作する残り少ないタイトルなのですから、弊社の名前で刊行したいと思ってしまいます。

自分で企画から編集、制作まで担当したものを自社で刊行できない、まだ出版社であるにもかかわらず書籍を刊行しないというのは、編集者として耐え難い状況です。情熱を持って制作してきたのに。

上層部は、書籍出版に関するすべてを何としても年内でクローズするよう動いています。弊社で刊行せざるを得なかった新刊が売れては困る、と言われています。書籍出版事業から撤退しているわけですから、米国本社に売り上げを説明できないのです。

出版社なのに書籍が売れたら困るというのはいかがなものかと思います。また、一生懸命、制作したものを売るなと言われる編集者の気持ちを理解できないものでしょうか。Excelでまとめられた数字しか見ないやつらに文章は理解できないのか。

それでも絶対に手は抜けません。誰が制作しようと、どこが販売しようと、読者にはまったく関係ないことなのですから。