電車の中の恋人

通勤電車で一緒になる女性に恋して散ったブサメンの日常

白ページ

書籍を読んでいると、本文などが何もない白紙(白ページ)がたまにあると思います。これは「書籍の総ページ数は16(または8)の倍数にする」という決まりがあり、それに合わせるために入れているものです。

また、16ページを「1折(おり)」と呼び、DTPや印刷会社とやりとりするときは、ページ数ではなく折を伝えるのが基本です。例えば、256ページの書籍であれば「16折です」と伝えます。ちなみに8ページは「半折」です。

当たり前ですが、何も書かれていないページなど無駄です。ないに越したことはありませんし、DTPと協力しながらいかに白ページを入れないようにするかが編集者の腕の見せ所だと思っています。白ページを入れるなど恥ずべきことだと思います。

しかし、そうは言ってもすべてそう上手くいくわけではありません。500ページを超えるような書籍であればどうしても合わないところが出てきてしまいます。本文のフォントをいじって前のページに追い込んだりするにも限界があります。

章の始まりなどを片方のページに固定するデザイン、例えば日本語の横書きの書籍で一般的な左綴じ(表紙を表にしたとき左側が綴じられているもの)で必ず奇数ページに章の始まりを配置するようなデザインの場合、その前に白ページを入れざるをえなくなってしまうこともあります。

ただ、私がいつも制作をお願いしているエディトリアルデザイナーも白ページが嫌いで、何とか白ページを入れないように気を遣ってくれます。そもそも、左右どちらのページから章などが始まっても違和感がないよう、デザインの段階から考えてくれます。

また、著者のこだわりでトビラ(書籍の部・章と本文を区別するために各部・各章の最初のページにタイトルや見出しを印刷したページ)を入れる場合などでも、その前に白ページが入らないように工夫してくれます。

そもそも、1つの章が短く、300ページや400ページほどのボリュームの書籍であれば、トビラなど必要ないと思っています。そのために白ページを入れなければならなくなるぐらいであればトビラなど入れたくありません。

8月末で退職した同僚から引き継いだシリーズ本で、索引を作る段階まで進んだタイトルがあります。元同僚がいつもお願いしていたDTPは章ごとにファイルを分けて送ってくるので、ノンブル(ページ数)を通した全体のファイルを用意してもらわなければなりません。

それをお願いしたところ、白ページが入りまくったファイルが送られてきました。全体で5部構成なので部トビラが5枚入り、その裏は必ず白ページです。また、その後の章が必ず奇数ページで始まるように固定してあるので、その前にも多くの白ページが。

各部の下の階層に章が5~6個あり、すべての章の終わりが白ページという部もあります。本文だけですでに10ページ以上の白ページ。正直言って、この時点で耐えられません。

さらに、このDTPは目次や索引でページ数を調整するという気遣いがないようで、すべて出来上がった後、折を合わせるためにさらに白ページを入れなければならなくなる可能性が高いです。

ふと気になって、元同僚が制作した過去のタイトルをざっと調べてみたところ、どのタイトルにもトビラがあり、きれいに収まらなかった部分には白ページが入っていました。トビラスキーだったとは知りませんでした。

元同僚も、元同僚がお願いしていたDTPも、白ページには抵抗がないようです。それよりもトビラ優先、トビラを入れるためであれば白ページも当たり前という考えのようです。何とか白ページをなくそうとする私とは真逆なわけです。

このデザインやルールで既に2タイトル刊行されているため、途中から私好みに変えるわけにはいきません。それに、試しに白ページを減らすようDTPに言ってみたら拒否されてしまいましたし。

気になる、耐えられない、ガマンできない…しかし、白ページをなくすには編集や組みを一からやり直すことになり、この段階でそれをやる時間はありません。残り4タイトルのDTPを変えるわけにもいかず、苦行が続きそうです。