電車の中の恋人

通勤電車で一緒になる女性に恋して散ったブサメンの日常

アルコール依存症(その2)

先輩が入院したのは、神奈川県横須賀市久里浜というところにある病院でした。アルコール依存症をはじめ、あらゆる依存症や心の病の治療について、日本国内でも有数の実績を有する病院です。

聞いたところによると、先輩は社内のトイレで酔いつぶれていたところを清掃員さんに発見され、足元には日本酒のワンカップやウイスキーの小瓶が空いたものが何本も転がっていたそうです。

当時、支局で事務をお願いしていた年配のパートの女性がいわゆる“肝っ玉母ちゃん”的な人で、先輩の入院を聞いて「お見舞いに行くわよ!」との号令がかかり、私も含めて数人でお見舞いに行きました。

入院から1か月が過ぎ、規則的な生活と健康的な食事を摂っていたせいか、久しぶりに会った先輩は日焼けし、とても健康的に見えました。ただ、肝っ玉母ちゃんがお見舞いの果物を渡そうとしたとき、手がぶるぶると震えていたのを見逃しませんでした。

「はて?先輩は結婚して、お子さんも1人いたはずだけど?」とふと思い出しました。同行していた超体育会系の空気を読まない後輩が「○○さん、奥さんはどうしたんっすか?」と聞き、社会部に異動して半年で離婚したことを知りました。すげーよ、後輩。

先輩が入っていたのは(それでも)比較的軽い症状の患者専用の病棟だったので、なぜ入院しているのか分からないほど健康的な人ばかりでした。しかし、何となく負のオーラのようなものが充満しており、1時間ぐらいで退散しました。

離れたところには閉鎖病棟があり、文字通り“廃人”と化してしまった人がいると聞きました。ふだんはエネルギーを有り余らせている肝っ玉母ちゃんもさすがにエネルギーを吸い取られたようで、帰りの電車では無言でした。

先輩は3か月間の入院を経て復職しました。入院の時点で解雇するのではなく、休職扱いにするのはやはり日系だな、とつくづく思います。外資系であれば解雇一択しかありません。

ただ、当然、最前線の記者に戻れるわけもなく、資料の整理などを行う窓際部署に異動になりました。私が本社の経済部に異動してから何度か社内で会いましたが、あれだけ仕事ができた記者が資料を整理している姿を見て、自分の仕事について深く考えさせられました。

(つづく)