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電車の中の恋人

通勤電車で一緒になる女性に恋して散ったブサメンの日常

美人、帰宅す

日常 景子さん

「ずずずくんは私の心の旦那さん」― 彼女に言われたことがあります。

彼女と私は抜群に相性が良いと思います。好きな食べ物やお酒、本、音楽、映画…気味が悪いほどにすべて一緒でした。私の好みはかなり独特ですし、「私もいままでここまで話が通じる人に会ったことない」と彼女も言っていました。

例えば、私の人生における不動のNo.1小説はバルザックというフランスの文豪の『幻滅』という作品なのですが、彼女もこれを挙げてきました。大学のゼミ仲間以外では初めてですし、彼女は仏文科ではありません。

そして何より、嫌いなことが一緒なのです。異性と付き合う際、好きなことが一緒というのは確かに重要ですが、それ以上に嫌いなことが合うかどうかが重要なのではないかと私は思うのです。

さらに正確に言うと「嫌いなことは何ですか?」と聞いてすぐに答えられる人であるかどうかが重要なのです。嫌いなことを言うということは下手をしたら誰かを悪く言うことになりかねず、とても難しいことです。

これを踏まえた上で、嫌いなことをはっきり言えるかどうか。例えば、私が嫌いなことの1つに、映画を観にいって本編が終わったらすぐに席を立つこと、エンドロールを観ないことがあります。彼女もまったく同じでした。

言い換えれば「エンドロールまで観ることが好き」ということであり、好きなことの1つに入りますが、好きなことの1つとしてこれを挙げる人は少ないのではないでしょうか。

「言い方の違い」「言葉遊び」と言われてしまえばそれまでですが、これを「嫌いなこと」としてすぐに答えられる人はどれほどいるでしょうか。嫌いなことが合わない異性とは、お付き合いしても長続きしないと思います。

「ねぇ、私たち、付き合っちゃおうか?」― 彼女に以前、言われたことがあります。

ブサイクとはいえ、私にも人並みに性欲がありますし、子どもが欲しいと思っています。また、彼女は男の身体に女性ホルモンを投与しているため、身体的にも精神的にもかなりの無理をしています。

お互いにそれが実現できないことをよく分かっているのです。それでも、彼女がそんなことを聞きたくなってしまった気持ちがよく分かりますし、中途半端な慰めの言葉を求めていないこともよく分かります。

「ごめん、無理」― 日本人特有の曖昧な言い方、優しくも何ともないと思います。結果が同じであれば、はっきりと言うことが本当の優しさではないでしょうか。曖昧な物言いが嫌いというところも彼女と合い、「“うん”って言われたら、ずずずくんのこと軽蔑してた」と彼女に言われました。

彼女は結局、昼過ぎまでうちのソファで眠り、シャワーを浴びて、昼ごはんまで食べてから帰りました。「ずずずく~ん、一緒にシャワー浴びようよ~」と言われましたが、さすがに無理っす。すっぴんでもとても美人ですが、下半身にぶら下がるモノが…。

しかし、バスタオル1枚で後ろから抱きつかれたときはさすがに理性が吹っ飛びそうになったことは秘密です。

人生はなかなか上手くいきません。彼女が本当に女性であれば…と思ったことは数えきれませんが、答えはいつも同じです。帰り際、「ずずずくんに彼女ができたら、こんなこともうできないよね」と寂しそうに言われて、切なくなりましたが。

念のためにあらためて言っておきます。便宜上“彼女”と書いていますが、男ですから!