電車の中の恋人

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断裁

「倉庫に残っているものは年末にすべて断裁します」― 編集者にとっての死刑宣告を受けました。書籍出版事業からの完全撤退の発表から1か月が過ぎ、書籍編集部員の新たな行き先も決まり、表面的には以前の日常が戻りつつあるところでした。

断裁とは書籍の廃棄処分のことです。売れ残った書籍をすべて抱えているわけにはいかないので再度、流通しないよう、出版社の判断で廃棄するのです。私は1度だけ、断裁の現場に立ち会ったことがあるのですが、とても辛い光景でした。

倉庫に保存されていたときは商品だったにもかかわらず、処理施設に運ばれてきたときはゴミです。カッターが高速回転している断裁機の中に放り込まれ、文字通りズタズタに引き裂かれ、出てきたときは単なる古紙となっています。

著者と何度も原稿を練り直し、DTPにゲラにしてもらってからも何度も校正を重ね、デザイナーとカバーデザインを制作し、印刷会社と紙を選び、校了直前に索引を徹夜でチェックし、営業と刊行後のプロモーションについて意見を交わし…編集者の思いが詰まった大切なものです。

通常の断裁処理は売れ残りの処分であり、自分の力が足りなかったせいで売れない書籍になってしまったと、責任の所在がはっきりしているのでまだ何とか納得できます。断裁されてしまう書籍には申し訳ない気持ちでいっぱいですが、これを糧に次こそは良い書籍を送りだそうと自戒を含めつつ、次に向かっていけるのです。

しかし、今回の断裁処理は売れ残ったものではなく、少しずつでも売れている書籍をも対象としています。「書籍出版事業から撤退し、もう販売もしないのだから倉庫に置いても意味がない」という考えの下、行われるものです。

年末までに在庫がすべて売れてしまえば断裁を免れることができますが、現実問題としてそんなことは不可能です。もしかしたら来年売れる可能性があったとしても、書籍出版事業をやっていないわけですから、会計処理として売り上げができてしまっては困るのです。

書籍編集部員がそれぞれ、精魂込めて制作した書籍が完全にゴミ扱いです。どうしてこんなことになってしまうのか、やるせない気持ちになります。

また、私がこれから制作する書籍は他社から世の中に流通してもらえるのですが、売り上げは他社のものになりますし、返品されたら即断裁です。なるべく在庫を持たないよう、初版部数をかなり絞るのですが、爆発的大ヒットは難しいでしょう。

極端な話、最初からある程度ゴミ扱いされると分かった上で制作しなければならないわけです。とても辛い作業ですし、そもそも著者やデザイナー、DTP、印刷会社など関わった全員に対してものすごく失礼なことだと思います。

「それなら刊行しなければよい」と思われるかもしれませんし、そもそも私もそう思いますが、著者に対して「書籍出版事業からの撤退は絶対に言うな」と口止めされています。上層部の外人どもは、「契約を違えた!」と著者を怒らせて業界内で悪い噂が立つことや、同業者間に経営危機なのかと勘繰られることを嫌がっているようです。

先月末から、これから刊行予定の書籍の著者に初版部数を減らすことや他の出版社から刊行することなど説明に伺っているのですが、書籍出版事業からの撤退について話していません。「刊行タイトル数を絞ることになりまして…」とごまかしています。

1つ嘘をつくと、それを隠すための嘘をつかなければならなくなりますし、最後には必ず明るみに出てしまいます。嘘はいけないと子どものころから注意されただろうに。結局、苦労するのは現場の人間なのです。