電車の中の恋人

通勤電車で一緒になる女性に恋して散ったブサメンの日常

採用面接

お願いだからそんな笑顔を向けないで。オレはそんなに偉い人間じゃないから ― 先ほどまで契約社員の採用面接を2件、こなしました。1人は男性、1人は女性で、おまけに男性は私と同い年でした。

人事が人材紹介会社に出した募集原稿を見ました。

外資系の出版社で書籍の制作のお仕事です。2タイトルが既刊の7冊シリーズのうち、残り5タイトルをメインの編集者として制作していただきます。著名な執筆陣による、一大シリーズの制作に携われます」

問い合わせレベルから実際の応募まで、すでに結構な反響があるようです。ただ、嘘は書いていないのですが、何だかひっかかるものを感じるのは私の気持ちがやさぐれているからでしょうか。

私は就職氷河期世代です。末期でしたが、就職氷河期であることに変わりありません。インターネット経由の応募が当たり前となり、エントリーが簡単だったということもありますが、70社近く応募して片手で数えられるぐらいの内定しか得られませんでした。

片手で数えられる程度といっても、そもそも内定がもらえただけでも喜ぶべきことです。大学の同期はみんな何とか内定を得ていましたが、世間では100社以上応募しても1社からも内定を得られなかった事例が当たり前のように聞かれた時代です。

ただ、私にしても60社以上からお断りされたわけです。しかも、そのほとんどは会って話す機会すら得られませんでした。あのときのショックというか屈辱は、経験した人間でないと分からないと思います。本当に凹みます。

「仕事が決まらないぐらいで鬱だとか引きこもりだとか、挙げ句の果てに自殺未遂だとか、どれだけメンタルが弱いんだ。社会に出たらもっと辛いことが山ほどあるのに」

こんなことを平気で口にする人がいます。しかも、意外と多いのです。しかし、採用試験で落ち続けることがどれだけ辛いか、私は分かります。「大げさだ」と言う人も多いのですが、人間失格の烙印を押された気持ちになるのです。

これまで、面接官として採用する側に立つ機会は何度もありました。不採用となる場面に出くわすことが圧倒的に多く、私の判断が決め手となって不採用になった人もいます。不採用の決定はいくら経験しても慣れることはありません。

採用する側に立ったことで、不採用の理由が分かるようになりました。何も考えていなかったり、好き嫌いで決めていたり、ということはなく、それなりに理由があります。また、決してその応募者がダメだったのではなく、もっと良い応募者がいた、という場合もあります。

そう、決してその人の人間性がダメということはないのです。ただ、不採用の連絡を送った人に理由を説明することなどないので、「やっぱり私はダメなんだ…」と思ってしまうのです。そんなことはないのですが。

今回、2人採用する予定です。私のサポートをしてもらうため、私が「この人がよい」と言えばそれで決まります。逆に「この人はちょっと…」と言えば不採用です。私の一存で決めることができます。

今日の2人は残念ながら見送らせてもらうつもりです。もちろん、理由はあります。2人とも1冊の書籍を1人で仕上げた経験がなく、目次や索引を制作したこともないとのことで、こちらが求めるレベルに達していなかったからです。

2人とも「経験は十分といえませんが、このシリーズの制作を通じて身に付けたいと思っています」と言っていました。ただ、大変申し訳ありませんが、今回は誰かを育てている余裕などまったくないのです。

見送りの連絡をしなければならないことがとても憂うつです。もちろん、人事やマネージャーから伝えてもらうこともできるのですが、これは自分でやるべきことなのではないかと思っています。こんなところでがんばっても、相手には何も伝わらないと分かっているのですが。

これからあと何人、面接しないといけないのか。たった2人、面接しただけでこんな気持ちになるぐらいであれば、いっそのこと全部1人でかぶってしまおうと思わないでもありませんが、恥ずかしいものを世に出すのは嫌ですし、そもそも確実に過労死してしまいますし。

単にシリーズ本の制作を引き継いだだけだと考えていたのですが、考えが甘かったといわれればそれまでです。ただ、腹を括るまでもう少し時間がほしいのです。