電車の中の恋人

酒とタバコと電気ベースと料理とキャリア…まあいろいろ

見ていたりしないか

分からない…ふみちゃんは何を考えているのでしょうか。こんなに毎日、隣に立っていて、どう思っているのでしょうか。もしかして、いつも一緒だけど話さないのが当たり前という状況に慣れてしまっているのかも。

でも、安心してください、諦めません。決意したのです。ほんの一瞬のチャンスを見逃さないよう、常に神経を張り詰めています。1週間後かもしれません、1か月後かもしれません、半年後かもしれません。遅くとも年内にケリをつけるつもりです。年が明けたら出社時間が変わりそうですから。

ふみちゃん、ここを見ていないかな ― たまに、ありもしないことを妄想しています。「書いているのってあの人で、“ふみちゃん”って私のこと?でも私、二階堂ふみに似てるとか言われたことないし」とか思っていたりしないかと。

もしくは、ふみちゃんの同僚が見ていないかと妄想することもあります。「“ふみちゃん”ってあなたのことじゃない?」とかなんとか噂していたりしないかと。

“ふみちゃん”とは、あなたのことですよ。

ここを見ていて、何か合図を教えてもらえれば話しかけます…が、そんなこと、あるわけありませんね。

今日はこの後、とても厄介なミーティングを設定されてしまいました。9月末で退職する同僚が進めてきたシリーズ本を誰が引き継ぐかを決めるミーティングです。まだ刊行していない書籍は原則として中止にすることは昨日書きましたが、このシリーズだけは例外です。

企画に3年間かけた、書籍編集部のここまでの集大成的な7冊シリーズです。5月に1巻が刊行され、9月に2巻が刊行される予定です。この後も2か月おきに順次、刊行していく予定でした。ただ、担当編集である同僚が辞めるため、誰かが引き継ぐ必要があります。

このシリーズ、著者も名の知れた有名どころを何人も揃えており、これらの人々を集められただけでも大きな成果です。執筆交渉などで同僚が苦労していたのを間近で見ていたので、1巻が無事に刊行されたときは編集部全員で喜びました。2か月後に解体されることになるとは知らずに。

もし、このシリーズを中止にすれば、うちの会社は日本市場でビジネスができなくなる可能性が大きいです。それぐらい、業界に影響力を持った人々が著者として名前を揃えているのです。目の前の数字しか見ないファイナンスのディレクターも、このシリーズの続行だけは渋々ながらも了承しました。

このディレクター、1年前に入社してきたのですが、当初は「まだ刊行していないのだから中止にすればいい。準備に3年間も費やして、人も金もかかっているのに、何も稼いでいないし、刊行したところで費用をすべて回収できないだろう」というふざけたことを主張していました。

現時点での数字を見れば確かに売り上げがありません。しかし、それらの人々に書いてもらうことによってうちの会社が受ける恩恵は計り知れません。「あの人たちを集めてシリーズ本を出すだと!」と業界で話題になったぐらいです。

ここまでの経緯を何も知らない、ぽっと出の人間に理解できないのも無理はありませんが、反対する前に著者のことをほんの少しでも調べてみろ、と編集部員だけでなく営業部員からも総スカンを食らっていました。

しかし、ただでは引き下がらないディレクター、条件を出してきました。「来年の3月までに7巻まで全部出せ」。7巻は来年の7月に刊行予定で、6巻ですら来年の5月に刊行予定で進めてきました。著者もこのスケジュールで執筆を進めています。

はっきり言って無理です。著者はもちろん、こちらの制作体制も整っていません。そもそも、ここまでメインとして1人で進めてきた同僚がいなくなるのですから。ただ、無理と言えない状況でもあります。

著者にはもちろん言えません。また「来年の3月まで」というのは米国本社の意向です。日本法人のファイナンスディレクターごときでどうこうできる問題ではありません。極東のちっぽけな国のビジネスがどうなろうと知ったこっちゃない、というのが米国本社の本音です。

昨日、私の部署のマネージャーに「引き継いでほしい」と言われました。現実的に考えて、自分でも引き継ぐのは私になるだろうと思っていました。この後のミーティングの本当の中身は、誰が引き継ぐかではなく、どうやって刊行させるか、です。

昨夜から頭を悩ませているのですが、良い案が浮かばず。とりあえず、安請け合いだけはしないようにします。とにかく、ものすごく大変であるということは分かっているので。