電車の中の恋人

通勤電車で一緒になる女性に恋して散ったブサメンの日常

現実を見る

帰りに会えるなんていう奇跡がそう何度もあるわけもなく、1人でとぼとぼと帰りました。私は担当書籍が刊行した後、電車の行き帰りで読むようにしているのですが、読めば読むほど修正点が見つかります。

もちろん、誤脱字のような致命的なものではなく、そのままでも決して間違いではありません。あくまでも、修正するとさらに良くなるというようなものです。しかし「これで完ぺき」と自信を持って校了しているにもかかわらず、このような点が見つかることに対して凹みます。

ただ、もし仮に刊行後に気付いた点を校了前に気付いて修正できていたとしても、今度はその部分をさらに修正したくなるでしょう。編集という仕事に「完ぺき」はありません。このような地味な作業を何度も繰り返し、明日は昨日よりほんの少しでも良いものを作れるようになれればよいと思います。

夢と希望に溢れる社会人1年生じゃあるまいし、いや今どき社会人1年生もこんなことを思っていないでしょう。仕事は生きるためのお金を稼ぐ手段と割り切り、ほどほどにこなしているのではないかと思います。

もちろん私もそう思うことがないわけではありませんし、短くはないサラリーマン生活でそれなりに酸いも甘いも見てきました。特に日刊紙の記者時代の終わりのころは、感情を殺し、マシンと化して淡々と仕事をこなしていました。マスコミが“マスゴミ”と呼ばれる所以の部分にいました。

仕事なんて楽しいわけがありません。10あるうち9は辛いでしょう。しかし、1は楽しいと思えることがあります。例えば今日、先日刊行した担当書籍の献本に行ったのですが、著者はとても喜んでくれました。

こんなこと、恥ずかしくて友人には面と向かって言えません。ただ、私の友人はみんな、文字通り紆余曲折を経て、今は生き生きと毎日を過ごしています。口に出さないだけで、みんな心の中では必死に仕事に取り組んでいるのでしょう。そして、子宝にも恵まれ、学生時代の姿からは想像もできない良きパパになっています。

すみません、私だけ独身です(涙)パパになれる見込みもありません(号泣)

いい年して、電恋なんていう非現実的なことにうつつを抜かしているようじゃダメだな。もう少し現実を見ないと…現実を見たら見たで、ブサメンすぎて鏡を直視できないという問題が。人生は厳しいぞ!