電車の中の恋人

通勤電車で一緒になる女性に恋して散ったブサメンの日常

自律

他人が何を考えているのか分かったら良いな、と思ったことがあります。それは私だけではないはずです。しかし、すぐに分からないほうが良いと思い直します。口には出さない、私への批判や嘲笑なども知ってしまうからです。

何を考えているか分からないからこそ、他人の気持ちを理解しようと必死になりますし、その積み重ねで構築された関係が大切なのではないかと思います。人とは考える生き物です。考えることをやめてしまったら、人でなくなってしまいます。

すみません、ちょっと真面目なことを書いてしまいましたが、私が言いたいことはただ1つ。

「彼女はかわゆい頭の中で何を考えているのぉぉぉぉぉぉぉ!」

今朝もすぐ隣に立っていたのです。距離にして5センチぐらい。車両が少し揺れれば腕と腕が接するぐらい。こんなに近くにいるのに、彼女と私の間にはものすごーく深くて広い川が流れています。

今日は週の真ん中、水曜日。彼女もお疲れのようで、あくびを連発していました。それがまたかわいく、あくびをする瞬間、目をつむるのを見計らって、窓ガラスに映る彼女の姿を何度もチラ見してしまいました。

私は自律した人間であるべきと常に意識しています。「自立」ではありません。「自らを律することができる」人間です。

例えば、仕事もせずにダラダラと過ごし、毎日、満員電車に揺られて同じ日常を繰り返しているサラリーマンに対して「あー、かわいそうに。オレは好きな時間に起きて、好きなことをして、何ものにも縛られていない自由な存在だ」と言っている人がいるとします。

それは自由ではありません。欲望に縛られています。

私も含め、仕事が好きで好きで仕方ないという人は少ないと思います。疲れているときはゆっくり眠りたいですし、蒸し蒸しした満員電車になど乗りたくありませんし、朝早くから夜遅くまで仕事などしたくありません。

しかし、仕事をしたくない、好きなことをして生きていきたい、という気持ちを律し、大変だけど毎日がんばって仕事したり、勉強したりすることこそ、本当に自由な人間であるといえます。欲望に縛られしまった瞬間、人は人でなくなります。

彼女は何を考えているのか、何とか仲良くなれないものか、と常に思っています。しかし、そういった欲望を律し、身の程をわきまえ、一目見られればそれでよし、と抑えることこそ、ブサイクの生きる道なのです。