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電車の中の恋人

通勤電車で一緒になる女性に恋して散ったブサメンの日常

投げ銭

投げ銭っていくら払えばいいの?」

結論から言うと1円も払わなくても構いませんし、10円や100円、500円でも問題ありません。ただ、ジャズバーでは1,000円が一般的です。お札1枚だと財布から取り出しやすく、払いやすいからです。

バンドをやっている友人にライブに誘われた経験がある人、意外と多いのではないかと思いますが、チケット代として1,500円~2,000円ぐらい払ったのではないでしょうか。

ライブハウスでライブをやるのは当然、タダではありません。ハコや機材を借りる料金だったり、スタッフの人件費がかかります。いわゆるノルマを課されるわけです。

チケット代はノルマの支払いに充てるのですが、プロは別として、アマチュアがチケット代だけで全額ペイできることなど稀ですので大抵、自腹を切っています。

職場の同僚が土曜日の私のワンマンライブの話を聞いたそうで、チケット代を聞かれたのですが、「投げ銭だからそんなものないよ」と答えたら冒頭の質問になったわけです。

私はショービジネスに片足を突っ込んでいるので投げ銭も珍しくないのですが、ジャズバーなどにちょくちょく行かない人には馴染みがないシステムなのでしょう。

投げ銭は聴いてくれた人から演者に対する“お気持ち”でよいのです。「他のお客さんは1,000円入れていたから私も…」と感じる必要はまったくありません。

一般的な投げ銭のライブはもちろん、今回の私のライブもそうですが、演者はお店に対して1円も払いません。ノルマなどないのです。

だから、投げ銭をもらえればもちろん嬉しいですが、極端な話、1円も入らなくてもまったく問題ありません。アマチュアであれば聴いてもらえるだけで十分なのです。

また、お店としても演者に出演料などを払うわけでもありませんから、ライブ目当てで来てくれたお客さんが飲んで食べてくれればよいのです。

同僚にも友人にも「ライブを観にくるというつもりではなくふらっと飲みにきて」と誘っています。お客さんが楽しく飲んで月曜日からの仕事の活力を得てくれることが目標です。

きょう書籍を1本、入稿したので、今週の仕事はもう適当に済ませ、早く帰ってひたすらベースの練習をします。ふみちゃんに観てもらいたいのですが、それは届かぬ想いです。

入稿日

先月末に続き、今日は書籍を1タイトル、印刷所に入稿します。先月末に入稿したタイトルは進行管理がメインでしたが、このタイトルは再校の制作から最後の索引まで私が制作しています。f:id:wakabkx:20170418094949j:plain

昨夜、眠る前にソファでごろごろしながら最終確認していると、白ページにハシラとノンブルが入っているところが2箇所見つかりました。白ページについてはこちら。

wakabkx.hatenadiary.jp内容に影響があるような間違いではありませんが、同業者に見られると書籍編集者として恥ずかしいものですのできちんと削除します。

ハシラとはページの端に配置され、そのページが該当する書名や編名、章名などを記す見出しのことです。目的の内容の該当ページを探しやすくするためにつけられます。

ページの右上や左上につけられることが多いですが、このタイトルは右下と左下、ノンブルの隣につけています。ノンブルとはページ数のことです。

入稿日はこのようにハシラやノンブル、ツメと呼ばれるインデックスなど、本文以外のページ周りを最終チェックします。入稿日に本文をチェックしなければならないようでは編集者失格です。

このほか、カバーや帯、表紙に不具合はないか、ISBNや価格が間違っていないか、スリップ(書籍に挟み込む短冊)はできあがっているかなどを確認します。

以前に制作したタイトルで入稿日に左右のノンブルが上下に3ミリずれていたということがありました。人間がやることですから絶対に間違えないということはありません。

印刷会社が入稿データを取りにくるのは16時です。念のため午前中いっぱいは著者からの突発的な連絡に備え、午後から入稿データの準備を始めます。

書籍編集部の敗戦処理は残り1タイトルになります。いまはまだ実感がありませんが、最後のタイトルが完了したとき、仕事に対するモチベーションがなくなり、廃人になっているかもしれません。

やっぱり転職しようかな…。

おばあさん

8時30分に出社するようになって当然、電車の時間が変わったのですが、先月から週に2~3回、自宅の最寄り駅で一緒になるおばあさんがいます。

まだそこまでの年齢ではないのかもしれませんが、孫がいると仰っていましたし、ここでは便宜上“おばあさん”と呼ばせていただきます。

私はまったく気づなかったのですが、先々週ぐらいに「おはよう。よく一緒になるわね」と話しかけられました。

それがあまりにも自然だったので、私もつい条件反射で「おはようございます」と返してしまい、それから顔を合わせればおしゃべりするようになりました。

自宅の最寄り駅から横浜駅まで10分弱、おばあさんは横浜駅からJRに乗り換えるので、その間、たわいのないおしゃべりを楽しんでいます。

ふみちゃんにもこんな風に話しかければよかったのかな。ふみちゃんともこんな風にたわいのないおしゃべりができるだけでよかったのだけど。

しかし、おばあさんも私も何の他意もないのでこのようにおしゃべりできているのであって、ふみちゃんの前ではこのように話しかけることができませんでした。

いまはもう遠くから眺めるだけの存在です。せめてもう一度だけでもふみちゃんの視界に入りたいと思うのですが、仕方ありません、ブサイクですから。

それにしてもおばあさん、

「ズボンのチャックが全開よ」

と周囲に聞こえる大きさの声で言うのはやめてもらえないでしょうか。たぶん今朝、家を出たときから全開だったと思うのですが、このようなことはできれば小声でお願いします。