電車の中の恋人

通勤電車で一緒になる女性に恋して散ったブサメンの日常

お隣さんの引っ越し

「お世話になりました。引っ越すといってもすぐ近くですので、遊びにきてください。子どもも喜びますから」― お隣さんが今日、引っ越していきました。

お隣さんは私より年下のご夫婦と3歳の女の子の3人家族ですが、2人目の妊娠が半年前に分かり、横浜市内にマンションを購入したそうです。

私は1人暮らしのくせにファミリー世帯向けの2LDKのマンションに住んでいます。1人暮らしには明らかに広い部屋です。

1LDKでも十分ですが、仕事部屋となる書斎と、リビングや寝室などの居住空間をきちんと分けたかったので、いまの部屋を選びました。

自宅で仕事することを前提に部屋を選ぶのはいかがなものか、と思いますが、細かいことは気にしません。書庫となる一部屋がどうしても必要なのです。

都会でご近所付き合いはまずありません。隣にどのような人が住んでいるのか知らない、お互いに干渉しないのが当たり前です。

しかし、お隣さんはとても気さくなご夫婦で、引っ越してきた日に律儀に挨拶に訪れ、その後も顔を合わせるたびに挨拶や世間話をしてきました。

ファミリー世帯向けのマンションに1人で住む男など、ふつうは警戒しそうなものですが、お子さんも人懐っこく、私に警戒心をまったく持ちませんでした。

少しずつ部屋を行ったり来たり、というよりあちらが私の部屋に来ることが多くなり、ご夫婦2人だけで出かけられるよう子どもを預かることもありました。

私が作ったビーフシチューを初めて食べてから、子どもは一瞬で私の虜になり、さらに楽器があるわ、本があるわで、私が休みの日によく来るようになりました。

自慢の料理で子どもの胃袋を掴んでどうするの、という話ですが、私の料理で嫌いだったピーマンやにんじんを食べられるようになり、ご夫婦に感謝されたのでよしとします。

「やだ、わたし行かない。おじさんとここにいる」― 荷物の積み込みが終わり、いよいよ新居へ、というところで子どもが泣き始めました。

一瞬、ほろっときました。「まさか『光源氏計画』発動か?」と思った人がいるかもしれませんが、私にそのような趣味はありません。そもそも、おじさんじゃないよ…。

wakabkx.hatenadiary.jp「すぐ近くだから遊びに行くし、大きくなったらまた遊びにおいで」と何度もなだめて、ようやく車に乗り込んでいきました。

子どものころの記憶は意外と残る、という話をよく耳にします。人格形成に大きな影響を与えてしまったのかもしれない、と思いましたが、別に変なことは教えていないので気にしない。

…いや、3歳児にデカルトの基礎を講義したのはまずかったかも。大学で哲学科なんかに入ってしまったらどうしよう。まあいいや。

お隣さんも私も、夜は窓を開けているので、いつも隣から子どもの声や、楽しそうな家族の笑い声が聞こえていましたが、今夜はとても静かです。

私の周りはみんな前に進んでいます。何だか私だけずっと同じ場所で足踏みしている気持ちにさせられますが、焦ってどうなるものでもありません。

私は私、もがき続けるのみです。

ゲラ

久しぶりに大量のゲラを持ち帰った金曜日の夜です。

年間10タイトル以上の書籍を制作していた一昨年までは毎週末、ゲラを入れた大きな封筒を手に持って帰っていました。週末に自宅で読むためです。

弊社の書籍はA5版が基本です。制作中のゲラは見開きになっているのですが、A3用紙に出力すると版型を維持しつつ上下左右に赤字を書き込む余白ができます。

今回のタイトルは本文だけで現状、420ページになっています。出力するとA3用紙で210枚になり、それなりの重さになります。

2~3タイトルを同時に進めていたときは単純に2倍、3倍になり、持ち帰るだけでもひと苦労でした。しかし、今日は久しぶりの紙の重さを心地良く感じました。

明日と明後日はリハやライブ、レコーディングの予定がありません。ソファやベッドに寝転んで、リビングの食卓で、キッチンで煮物などを作りながら、赤ペン片手に静かにゲラを読み込むつもりです。

横浜は今日も蒸し暑いのですが、風が吹いていたので自宅の最寄り駅から2駅手前で降り、川沿いをのんびりと歩いて帰ってきました。

もちろん、自宅近くの小さな稲荷社に今日も寄ります。今日は小銭入れの中に珍しく5円玉があったので、それを賽銭箱に入れます。

今日も明日も明後日も、ふみちゃんが幸せでありますように。

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責任

自身に与えられた業務に対して責任を持つ ― サラリーマンとして当たり前のことですし、私はこれまでそのように取り組んできました。

私に与えられた業務は、売れる書籍を企画し、スケジュールに沿って制作し、年間計画で決められた日に刊行することでした。

書籍編集者になってからこれまで私はきちんと責任を果たしてきました。しかし、最後の最後で責任を果たすことができませんでした。

wakabkx.hatenadiary.jpずっと悔やんでいました。初期段階の原稿整理を終え、初校を作り終えていたにもかかわらず、他社に引き渡すなど考えもしませんでした。

脱稿が遅れたという著者の事情で、自身ではどうにもならない要素がありましたが、その遅れを自身のカバーで取り戻すことも重要な業務の1つです。

それができず、結果として最後まで制作できなかった、予定通り刊行できなかったことは、私の責任以外の何ものでもありません。これだけで十分、辞めるに値します。

しかし、急転直下、弊社で制作することになりました。刊行は版権を引き取る他社名義になりますが、印刷所に入れるだけの状態まで弊社でやります。

他社としては「初校まで制作したなら最後までお願い」ということで、当たり前と言えば当たり前。そして、これを仕上げられるのは社内で私しかいません。

マネージャーから先ほど話がありました。これについてはダイレクターも認めざるをえません。私に仕事を与えたくないのでしょうけど。

ただ、すべてを私1人でやるのは時間的に厳しいので、制作会社にアシスタントとして入ってもらうことになりました。

「最後にこれだけは責任を持って仕上げます」と言ったところ「おいおい、辞める気か」とマネージャーに言われました。

「うちで作る書籍の最後として、という意味です」と説明しましたし、実際にいまはまだ辞めるつもりはありません。

8月末までに仕上げて他社にデータを渡し、9月中に刊行することで話がまとまっています。とりあえず1か月間、書籍の編集に携わることになります。

がんばれ、オレ。