電車の中の恋人

通勤電車で一緒になる女性に恋して散ったブサメンの日常

在宅勤務

私は在宅勤務が嫌いです。なぜなら、キリがないからです。また、誰も見ていないので、逆にいつも以上に気を遣います。

客先に出向かなければならない営業やオフィスでないと仕事ができない経理の友人は「在宅勤務は夢だ!」と言います。

しかし、起きた瞬間にPCの電源を入れてメールチェックして仕事開始、そのまま延々と21時、22時までついPCをつけっぱなしにしてしまいます。

オフィスにいるときと同じように、定時になったらPCをシャットダウンすればよいのでしょうけど、いつも以上に気を遣っているため、それがなかなかできません。

その間に飛んでくるメールは通常、翌日に対応しますし、それで何の不都合もありませんが、メールを見てしまったら対応しないママにすることは性格上できません。

損な性格…。

「台風が接近しているから翌朝の交通機関は大変だ」と散々言われていても、実際は過ぎ去った後で何でもないということがよくあります。

しかし、今朝は珍しくそのとおりでした。ネットで電車の運行状況を調べたところ遅れながらも動いているとのことだったので駅まで行きましたが、実際は止まっていました。

そのせいでホームには人があふれ、階段にまで行列ができ、いつになったら電車に乗れるのか分からなかったので、自宅に戻って仕事を開始しました。今日はこのまま在宅勤務です。

いまは私がオフィスにいなくてもなんら困ることはありません。コーヒーを飲み、タバコを吸い、FMを聞きながらのんびり仕事をします。

基本のナポリタンとバッタのから揚げ

あのね景子さん、うちに来るのはよいけど、起きたときに死ぬほどびっくりするから、眠っている間にベッドに潜り込むのはやめてって前にも言ったよね?

しかもあなた、うちに来てメイクを落とす前にほっぺにチューしましたね?顔を洗おうと思って鏡を見たら、ほっぺに思いっきりキスマークが付いていましたよ?

「眠っている間にベッドに潜り込むのは悪いと思って、チューしたら起きると思ったのに起きないんだもん」― 美人だからってかわいく言えば何でも許されると思うんじゃない…許すけど。

いずれにしても、自宅に美人がいるというのはよいものです(正確には男ですが)。独り身の男の殺風景な部屋が何となく華やかになったように感じます。良い匂いがしますし。

「ずずずくんのナポリタン食べたい!作って!」

そんな美人の大好物の1つがナポリタンです。高級フレンチが似合う美人のくせに、景子さんはB級グルメが大好きです。さらにゲテモノが好きという(これについては後ほど)。

台風が接近中にもかかわらず、今日は夕方に予約が入っているそうです。景子さんのネイルサロンはまだ駆け出したばかり。お客様はすべて受け入れなければなりません。

景子さんは私のナポリタンが少し時間がかかることを知っています。そのため、早めに言ったわけです。台風が接近していてもがんばって働く景子さんのために作ります。

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パスタを時間どおりに茹でます。後から調理することを考慮してゆで時間を1分ほど短めにするレシピが多いのですが、ナポリタンにアルデンテは必要ありません。ナイデンテです。

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茹で上がったパスタをザルにあけ、水気を切ったらバットに移し、サラダ油を軽くまぶします。冷めたところで冷蔵庫で1時間以上、寝かせます。これによってパスタがモチモチになります。

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ケチャップと具を用意します。ナポリタンといえばケチャップ味ですが、ウスターソースとほんの少しのコンソメを隠し味として加えます。具はソーセージとピーマン、玉ねぎです。

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具を炒めます。

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しんなりしてきたところで具をフライパンの片側に寄せ、ケチャップを投入して炒めます。こうしてケチャップの余分な水分を飛ばすことで仕上がりが水っぽくなるのを防ぎます。具と和えてさらに加熱します。

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寝かせておいたパスタを投入し、ソースと絡めながら炒めます。「パスタを炒めるなんて!」とイタリア人に言われそうですが、ナポリタンは日本料理です。

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炒め上がったところで火を止め、バターを少し加えます。このひと手間でコクが出ます。

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完成です。上品に食べるものではありません。粉チーズを「これでもかっ!」というぐらい振り、口の周りを真っ赤にして頬張りましょう。

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「昨日、ファンさんがお店に来て、差し入れもらったの!」と景子さんが冷蔵庫から出してきたのがバッタのから揚げです。甘めの味付けとレモングラスの風味が絶妙です。

ファンさんというのは景子さんのお店の近くで約20年、タイ料理店を経営するタイ人の女性です。「肝っ玉母ちゃん」「ゴッドマザー」という呼び名が合う女性で、私もよく知っています。

景子さんも私も好き嫌いなどなく、何でも美味しく食べられます。景子さんは手術したり女性ホルモンを投与したり、身体に色々と負担をかけていますが、食べ物を美味しく食べられるのは良いことです。

ちなみに、このバッタのから揚げ、日本のイナゴより大きく、足は硬くて口の中が切れます。足は外して食べましょう。

続・器の小さい男

「明日、横浜に行くんだけど、もし時間があったら会えないか?」― 起きたら1通のメールが届いていました。助教授に就くことになった学生時代のゼミの同期からです。

講演の打ち合わせで横浜市立大学に来るとのことでした。打ち合わせは昼すぎに終わるそうで、せっかく横浜まで来るのだからついでに私に会っておきたいそうです。

「ついで、か…」と言葉尻をとらえ、またもや嫉妬心が首をもたげてきましたが、彼の努力の成果を祝ってやりたいという気持ちがあることは事実です。

また、私も彼に会い、話を聞くことによって、研究者への未練に踏ん切りをつけたい気持ちもありました。現実に目を背けているといつまでも前に進めません。研究者となった彼に会い、現実を見ようと思いました。

今日はバンドのリハやレコーディングの予定がなく、自宅で原稿を書こうと思っていたぐらいです。打ち合わせが終わってからJR京浜東北根岸線桜木町まで来てもらい、明るいうちから飲むことにしました。

彼と直接会うのは5~6年ぶり、いやもっとかもしれませんが、まったく変わっていませんでした。ボサボサの髪の毛にヨレヨレのシャツとジャケット、パンパンに膨れ上がった重そうなカバンで、遠目にもすぐ分かりました。

「全然変わってないな」「そうか?講演の打ち合わせだったから気を遣ってるんだけど。そういうお前も全然変わってないじゃないか」― 研究に行き詰まっていたころと違い、口調からも余裕が感じられました。

しかし、当たり前ですが、彼は数々の苦労を乗り越えていました。

30歳を過ぎても鳴かず飛ばず、母校の教授にも相手にされず、下手な鉄砲も数打ちゃ当たる気持ちでフランスのあちこちの大学に論文を送っていたら田舎町の小さな大学から講師として招かれたこと。

勢いで渡仏したものの毎日の食事にも苦労するぐらいの給料で、大学内の物置に住んでいたこと。そんな生活を3年間続けたところ、やけっぱちで書いた論文が評価され、パリの大学に異動したこと。

そこで出会った無名ながらも優秀な研究者に刺激を受けたこと、彼と切磋琢磨しているうちに書く論文すべてが高い評価を得るようになり、ようやく人並みの生活ができるようになったこと。

「俺には研究しかないし、研究がなければ生きている意味がない」

彼のひと言に私との差を思い知らされました。私は大学院入試に失敗してすぐ新聞社の秋採用を受けました。彼であれば、仮に大学院入試に落ちていたとしても、浪人して翌年にまた受けたでしょう。

私は研究の世界から逃げ出しました。もし研究に対して強い想いがあれば、恥を忍んで浪人していたはずです。つまり、研究に対して彼ほどの想いがなかったということです。

研究に行き詰まっていたころ、就職した私を見るたびに彼は「お前ですら諦めた研究者に俺なんかがなれるわけがない」と言っていました。

しかし、いまなら私はこう言います。「お前みたいなやつじゃないと研究者になれないのであれば、俺なんかがなれるわけがない」と。

「お前はまだ研究を続けているのか?お前が学部生のときに紀要に発表した論文、いまでもすごいと思ってる。あれを書き直してみたら高く評価されると思うし、俺が後押しすることもできるが」

彼に他意はまったくなく、純粋な善意による発言であることはよく分かります。ただ、大学のゼミでは私のほうが上だったのに、いまや彼が私を後押しする側になったことに、また醜い自分が顔を出しかけました。

しかし、彼の努力を聞き、自分の器を知りました。「いや、俺は趣味として続けている程度だから。在野の研究者としてお前らプロの世界を見ていくよ」と言うことができました。

そう、プロとしてでなければ、研究は別に大学でなくとも、仕事をしながらでも続けられます。私はそうして仏文学に携わっていけばよいのです。

「また一緒に飲んでくれるか?研究者同士で飲んでもみんな腹の中で相手を蹴落とそうと思ってるから楽しくないんだ。お前とだと純粋な気持ちで話せるから酒が美味いよ」

別れ際、彼はそう言って帰っていきました。お猪口並みの小ささだった私の器はせめて茶碗並みになったと思ってもよいでしょうか。ただ、丼並みになるにはまだまだ時間が必要です。

wakabkx.hatenadiary.jp